灯台は遠い海を照らす
【あらすじ】
人生に迷っている人たちの道しるべであるラジオ"ライトハウス"。
灯台の光を求める人たちの姿、そこに集う人々のひとつのかたち。
この作品は、りの様の「ライトハウスへようこそ!」を元にした2次創作(というかファンアート)です。
URLは ↓
https://sutekibungei.com/novels/3ce611cb-6f7d-4fde-bfb6-d1cf80731a29
【以下本文】
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ライトハウス。
私は昔から灯台に憧れていた。
私がこどもの頃から住んでいるこの部屋からは海が見える。そしてそのずっと向こうにはオレンジ色をした町の暖かな灯り。そこにどんな町があるのか私は知らないけれど、きっと美しくて楽しい町なのだろうと思う。
その町の山の上には灯台がある。町の灯りよりもずっと明るくて、くるくる回るその灯りを窓辺に座って眺めるのが昔から好きだった。
灯台を見ていると、私の心の中まで照らされて明るくなる気がする。
辛い日も、楽しい日も、雨の日も、暖かい日も、灯台は変わらずに回り続けていた。光がまっすぐに私の顔を照らす瞬間、私は灯台とつながっているような感覚になる。
やさしい会話をしているときの、心がぎゅっとなる感じ。
灯台は何も言わずに、私のことをずっと見てくれている。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。 なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。 メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
本当はラジオなんて聞いてる場合じゃない。PC画面に開いたテキストエディターは真っ白。書かなきゃいけないのに。
でも。
本当に私は書かなきゃいけないのかな。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。 では、早速読ませて頂きます。 カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 灯台になりたかった船長です」
灯台になりたかった船長。私じゃん。って心臓が跳ねたのは、別に読まれて嬉しかったからってだけじゃない。
「灯台になりたかった船長、はじめまして。灯台が好きなんでしょうか。ボクも好きです。お仲間ですね。だけどその名前、なりたいものになれていないのでしょうか。わたしは……」
私は、将来の夢なんて持っていなかった。学校で聞かれるたびに『ケーキを作りたいな』とか『看護師になりたい』とか言ってたけど、別に本気で思ってたわけじゃなかった。
唯一好きだったのは本を読むことで、投稿サイトにアップロードされていた作品を片っ端から読み漁っていた。
そんな中で、ある作家さんとの出会いが私の人生を変えた。やさしいストーリーの、だけど先が読めなくてどんどん読み進めてしまう。そんな作品を書く人だった。
多分、紙の本だったらページがすり切れていただろう。それくらいのペースで、一日じゅう読んでいたときもあった。
だから初めて、感想というかファンレターみたいな。ながーい文章をその人に送った。あなたの作品を読めるから、毎日が楽しいです。って。
帰ってきた文章の美しさ、心のきれいさ。そういったものに私はいたく感激してしまったけれど。私は最後の一文をいまだに忘れられない。
『こんなに良い文章が書けるなら、あなたも小説を書いてみれば?』
それはまさに、灯台から放たれた光みたいな言葉だった。
光がまっすぐに私の顔を照らす瞬間、私は灯台とつながっている。
その光は私の向こう側、はるか遠くまでを明るく照らす。
そうか。
あれが私が歩く道。
私は、あの人みたいになりたかった。
自由に言葉を扱えて、楽しい世界を作ることが出来て。
進むべき方向を誰かに教えられる、誰かを救える人に。
「私は灯台になりたかった。だけど、もう無理かな、と思いはじめています。書いても書いても、誰も読んでくれない。誰も感想をくれない。書いてても段々と楽しくなくなってきて、私は本当にこれがやりたかったのかな? って分からなくなっちゃいました。カノンさん、教えてください。私はこのまま作品を書き続けても良いのでしょうか。それとも、私にはそもそもの最初から無理で、もう、この道を諦めたほうが良いのでしょうか。よろしくお願いします。灯台になりたかった船長、ありがとうございました。」
こんなこと、誰にも言ったことない。私にとっての灯台だったあの作家さんにもだ。だってこういうの、自分で解決すべきことでしょう?
だけど、カノンさんには相談してもいい気がしていた。この人の魅力って、リスナーの立場に立って、リスナーの目線で、一緒に物事を考えてくれるところにあるから。
それっぽい言葉でごまかしたりしない。よくある解決策に逃げたりしない。
だからもし、もうやめたほうがいいよ、他の道もあるんだからそっちに行きなよ、って言われたらその通りにする覚悟は出来ている。私にはもう、どうすればいいのか全然分からないから。
投稿サイトの作品URLも送ってしまったけれど、別に宣伝のためじゃない。私の言葉に価値があるのか、見てほしかったからだ。
「灯台になりたかった船長。ボクにもその気持ち、ちょっとだけ分かります。ボクも声の仕事がやりたくて、だけどオーディションに全然受からなくて、自分のことなんて誰も必要としていないんじゃないか、そう思っていた時期が長くありました。だからボクは、灯台になりたかった船長に辞めたほうがいいよなんて絶対に言えません。だって、その時期があるから僕はここにいて、灯台になりたかった船長の話を聞くことが出来たから。でも」
でも?
身体が硬くこわばるのを自覚する。
「つらくても頑張って、なんてことも言えません。だって、本当につらいって分かるから。だから、ボクは思うんです。人のことを救うよりも先に、まずは自分のことを救ってあげてください。ボクはつらかったけれど、好きだったから続けてこれた。でも灯台になりたかった船長は、好きなことをやってるように見えないんです」
好きなこと。
私は、いったい何が好きだったんだろう。
最初から、灯台になりたかったのかな?
「最後にひとつだけ。灯台は遠くを照らすから、周りには人が集まらないんです。灯台下暗し、って言いますよね。だから気づかないだけ。灯台になりたかった船長の言葉は届いていますよ。灯台の灯りよりも、もっとずっと遠くに。番組が始まる前に、みんなで少しだけ読みました。そして実は今でも、」
今でも?
何だかすごく気になる言葉だったけれど、何か唐突に別の話をしだして、その続きが明かされることは無かった。
灯台の灯りって、どこまで届くんだろう。
気になって調べてみると、おおよそ30kmくらいと書かれていた。それがどれだけ長いのか短いのか、私には分からない。ただ、窓から見える灯台は今日も明るい。
ライトハウスからの灯り。それはぼんやりと、だけど確実に私とつながっていた。
カノンさんの言葉は、遠く私にまで届いていた。
そして、私の言葉が届いたと言ってくれた。もしかして読んでくれたのかな。って私は少しだけ期待する。
私は何が好きだったんだろう。
本が好き。あの作家さんの文章が好き。自分の作品を作るのが好き。
結局、そこだったんだよなぁ。
作品って本当は、自分のためのもので。誰かを救うなんて、そんな大それたことを考えるからおかしくなるんだ。
まずは、自分の作品で、自分を救えるかな。
そして次こそは、いい作品が出来たよ! ってカノンさんに自慢できるかな。
やっぱり書きたいな。自分のために。カノンさんに自慢するために。
って思いながら投稿サイトを開くと、作品に感想が1件付いていた。ちょうど、ラジオを聴いている間に書かれたらしい。
「面白いしいい話だよこれ! すぐに読み終わっちゃった。悩んでる暇があったら書いてよ。続きを読みたい私のために」
名前欄には「H」と書かれている。こんな人知らないし、何だかすごく圧が強い。
『みんなで少しだけ読みました』って。そう言えば言ってたけど。
まさかね。番組中に仕事をサボってこんなの送ってくる人がいるとは思えない。ラジオって、しっかりとした会社なのだ。
ふぅ。私は息をつく。
やっぱり私は書くことをやめられないんだな。
待っててくれる人がいるんだから。
でもそれ以上に。書くことを否定されなかっただけで、こんなに、ほっとしてる。
言葉は灯台よりも遠くへ届く。
カノンさんが教えてくれた。
だから私はここで、それが誰かの心を照らすまで言葉を紡ぎ続ける。
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