蒼井 刹那 様 「Vanishing Point」の感想

作品URL: https://www.anotherworlds06.com/vp/index.html

※以下の感想には私の好みなどが多分に含まれています。
 色々と書いていますが、基本的に私は恋愛小説 or 純文学系の人なので、ラノベやアクション物の素養はほとんどありません。これが正解ではなく、「真面目に読んだ一読者の感想」です。
 ただの感想なので、あまり真に受けないよう……。

 なお、これはレビューやオススメ記事ではなくて感想ですので。ネタバレだらけです。未読の方には推奨しませんので、上のURLから先に読んでおいてください。45万字程度とのことですが、私の体感では15万字くらいでしたので。すぐに読めると思いますよ。無茶振り感がありますが、ぜひどうぞ。

 あと。どこに入れるべきか分からなかったので、ここに書きますが。
 縦書きに出来るのが本当に優秀です。これは縦書きで読みたい。
 そして、分冊版に出来るのもスキマ時間に読み進められて嬉しい。こういう気づかいって良いよね。

【好きな部分・良い部分を列挙】

 私が思うに、この作品は評論するよりも、ただ「すごい! 楽しい!」って思って読みたいです。Don't think, feel! で楽しみたいところ。
 なので、今回はもうほとんどこの項目です。

 1)  展開の美しさ
 まず、展開に無駄が無いこと。最序盤で既に最強格が出てきてる。せっちゃんもそうだけど、カグコン周りの書き方が好きすぎるわけです。
 ① 巨大複合企業を相手にドンパチやる事態に陥る(強い)
 ② その巨大複合企業なんて話にならぬカグコンが出てくる(とても強い)
 ③ それとは別ベクトルでやばそうな実験体が出てくる(とても強い)
 ④ それを一蹴する、カグコン最強の久遠様が出てくる(最強の人)
 ⑤ 久遠様率いるトクヨンと敵対する事態に陥る(ものすごく強い)
 ⑥ からめ手でトクヨンと久遠様に善戦するけど勝てない(やはり強い)
 ⑦ じつはせっちゃんこそやばい奴だったことが判明(最強より強い)
 ⑧ トクヨンと手を組んで戦うことになる

 こんな感じです。ドラゴンボール並みのインフレが発生してるわけですが、凄いのは、その中で誰の格も落ちてないこと。(ヤムチャとか桃白白とか……あんなに強かったのに)
 唯一格が落ちたのは、序盤で思わせぶりに出てきた社長くらいか……でも、あれはあれでスパイスになってて好きです。っていうか、必要でしょ。あの立ち位置のなんかよく分からん奴は。

 こんなやばい奴らがいるんか……があるからこその、敵対した時の緊張感。そして手を組んで戦う時の安心感とか、展開の熱さとか。
 基本的にはハードボイルドなスチームパンクですが、その中身は少年漫画的な分かりやすい熱さがある。
 それが、深みのある面白さと読みやすさを両立させている。いや、けっこう奇跡的なバランスだと思いますよ。これは。

 2) 少年漫画っぽさ
 少年漫画的な部分にもう少しスポットを当てると。主役の3人が本当に少年であるという部分が、全体に漂う真っすぐさを演出してるというのもこの作品の魅力。辰弥なんて7歳だし……。
 基本的にはどうしようもない世界観だからね……そもそもが実験体で人間じゃないという自己認識を持つ辰弥、義体を忌避するけれども病気のためにインナースケルトンを着用せざるをえない、そしてその借金のために暗殺家業に仕方なく身を置いている日翔、自分ではどうすることも出来ず、生きるために義体化せざるをえなかった鏡介。
 特に日翔と鏡介は、そんな世界の中で生きることを余儀なくされているからこそ、生きようとするエネルギーが高い。真っすぐに、今ここで、生きようとするからこそ、自分の置かれた世界を全肯定してしまうのでしょうね。
 だから。
 本当は、最後に3人が下した決断「監視付きの一般人になんてなりたくない。自由に、今のままで暗殺家業を続けたい」なんて、倫理的には(または、一般的な価値観からすると)あり得ない選択ではあるのだけど。自分たちの自由のために人を殺しまくるって、それはどう見たってエゴでしかないよね。
 けれども、彼らの真っすぐな目線が、その選択に説得力を与えてしまう。
 自分たちは、もうこれ以上誰にも干渉されずに、どんな大人にも迷惑をかけられたりせずに、信頼しあえる3人だけで生きたい。
 ただそれだけ。他者に干渉されても、良いことなんて無かったから。
 何が幸せかなんて、他社から見たって分からない。カグコンだって最大限以上の配慮をしているのだけど、それでさえ邪魔としか思えない人だっている。
 身につまされるよね。現代社会では。

 このバックボーンを見ると、2章での日翔の態度(「お前はそんなに死にたいのか!」)も実感として分かる。信頼している仲間を自分と同じような目に合わせたくないのだ。
 あとは、近いうちの死が約束されている自分との境遇の差異を考えたのかもね。生きれるやつはしっかり生きろよ、って。
 真っすぐに仲間を思う日翔の熱さを(意味が分かった後であればより深く)垣間見ることが出来る、とても良い場面。

 3) キャラクターの掘り下げ
 正直なところ、これって、とても難しい。お仕事の場面だけではキャラクター性が全く見えなくて感情移入できないし、日常描写が続きすぎると何を読んでるのか分からなくなる(しかも説明っぽくしかならない)。
 そのために攻殻機動隊で言うところのタチコマみたいな狂言回しを入れるのはアニメ作品では常套手段だけど。文章でそれをやられると、本筋からどんどん外れていく・無駄に情報量が多くなる、という問題点がある。
 だけど、この作品は、その辺りのバランス感覚が本当に素晴らしい。緩急が凄いのさ……
 理由は何だろう、やはり、明らかにそれと分かる重要情報を日常シーンに混ぜることで緊張感が持続するからかな。
 ニュースへの反応、せっちゃんへの反応、明らかなせっちゃんの激やば行動、などなど。日常をただ平和なだけのシーンやギャグシーンとして消費していない、かつ水面下で明らかに何かが起こってることをどんどん強調してくる、その辺の書き方が上手い。ここには小説を書きなれた作者様の技量を感じます。

 4) 厨二病的なやつ
 やっぱりこれ。
 私の中でこの作品からは「古き良きハードボイルドラノベ」の香りを強く感じるわけです。(言ってるだけで、あまり良い例が思いつかない)
 昔のラノベと言えば、厨二病は絶対に必要なわけで。
 何より各話タイトルが本当に好き。全部「~ Point」って。その中でも「Turning Point -折り返し地点-」ってのが最高に好き。なんかその絶妙に力が抜けてる感じ……この感覚があの頃のラノベなんや……
 あとは、英語でもフランス語でもないドイツ語の「第一号(エルステ)」とか、Bloody Blueとか。そもそもなんでBloody Blueなのか、どっちかと言えばRedやん(目も赤いし)、みたいなやつ。細部にまで厨二病魂が宿っていて、もう本当に好き。

 そういう意味では何よりも単分子ブレード。これはレールガンと並ぶ最高峰の厨二武器なのだ……。
 物理&化学を専門にしてる私としては、単分子ブレード最強説みたいなやつを見ると「ぐぬぬ」となるわけです。単分子で分子間結合を切るのであれば、ブレードの分子間結合は対象のそれよりも強くないといけないからね。だから、金属単分子ブレードでプラスチックとかガラスは切れないわけさ。
 切れるのは金属結合とかπ結合とか、そういうやつ。
 だけどこの作品内では、切られてるのって超硬合金とか壁(コンクリート?)みたいな金属ばっかりだからね。SF的にはとても正しい。
 そもそも、カグコンとか辰弥さんならばCFRP単分子ブレードみたいなトンデモ武器を作りかねないからね……もはや何でもアリやね。
 そんな感じで、単分子ブレードの特徴みたいな細かい部分でも世界観がしっかりしてる。やっぱり、読者を引き込むにはそういうのが重要よね。世界観の一貫性、というか細かいところまで神経が通ってる感じ。

 5) 最後の引きの部分
 この作品って、最後まで読むと「なんだかんだ、強い人って電脳化・義体化してるわけで。強キャラ特効を持ってる鏡介最強やん!」となるわけで。基本的にハッカーの強さがチームの強さみたいになってるところがある。
 そんなイメージを持たせておいて、最後の最後で最強AIの開発者たち、しかも「四大天使」ってまた厨二病ど真ん中の明らかにやばそうな人たちの存在が匂わされてるからね。
 明らかに、せっちゃんを巻き込んでの大きい話になることは目に見えているし。
 どんどん強い敵が出てくるのは、少年漫画では王道。別にレベルアップして簡単に強くなったりしない3人が(鏡介はなってたけど)、どうやって勝てばええんや……という、先が本当に気になる展開だよね。
 ……という感じで、ここまで読み切ったら次に手を伸ばさざるをえない作りになっているのがまた凄い。いつになったら抜け出せるんや……(歓喜)って感じですね。
 話の構成が本当に上手い。

【読んでて感じたこと】

 45万文字ということは、文庫本4冊分くらい?
 知ってるラノベの禁書目録を例に挙げると、インデックスを救って、錬金術師の人と戦って、一方通行さんと戦って、エンゼルフォールやって。くらいの長さか。
 そう考えると凄い長さ。
 だけど、私の中では、本当に文庫本1冊読んだくらいの感じだったのですよ。まったく長さを感じない。気づいたら終わってる。
 それはやはり、読者を飽きさせない仕掛けが随所に組み込まれてるから。
 戦闘シーンと「日常シーン+世界観の展開」が交互に来るので、まったくダレることなく読むことが出来る。日常シーンでちょっとだけ息継ぎをしたら、すぐに次の凄い展開が来る。って感じ。

 また、戦闘シーンというと、中盤以降に敵が明らかに無茶な強さになってくるに従って、どんどんアクションも動くようになってくる。戦闘描写とか文章のキレ? みたいなもので敵の強さが表現されてるって、これ、凄い技術に見えるのだけど。
 アニメで突然、神作画で戦闘シーンが描かれるようになった感じ。というか。意図してこれをやってるのだとすると、本当に凄い。(私もまねしたくなりました。この感じを)
 最初から最後まで言えるのは、アクションが映像的に見やすいよね。ということ。やはり、この手の作品では、その部分の力がいちばんのアドバンテージになります。

【修正すると、もっと良くなる部分】

 ある程度以上に好きな作品じゃないと、こういうダメ出しにとられかねない部分って書かないけど。

 正直なところ、これって、すごく難しい。
 私は、この作品のいちばんの魅力って、どんどん話が収束して、神作画みたいになって、展開が煮詰まっていって、っていう加速度にあると思っているのです。
 人がスピードを感じるとき、それは速度を感じているのではなくて、加速度を感じているのだ。というのが私の持論。地球の時速1500kmなんて誰も気にしないでしょ。
 だから、そのいちばんの魅力を消すことは絶対にダメ、と思っています。

 一方で。この作品のいちばんの問題点は、「序盤が分かりづらい」ことである。これも事実です。
 序文は素晴らしいと思います。すごく動いてるし。謎だらけだし。明らかにストーリーに関わってくる奴が描写されてるし。人名もエルステしか出てこないので分かりやすい、他は『今は知らなくていいこと』なので疎外感がない。
 で、そこから#01に行った瞬間に、スピードが落ちる。
 例えば、知らない登場人物(明らかに主人公格で、行動内容や思考過程を理解する必要がある人たち)が複数いることで、考えながら読むから読むスピードが半分になる。さらにアクションのスピードも半分になる。
 そうなると体感スピードは1/4になる。これって、結構なストレスになりえると思っています。
 オーケストラで、第2楽章に入った瞬間に眠くなるあの感じ……。これも、以降の展開をドラマティックにするための(=加速度をつけるための)メトリックモジュレーションなのは、理論的には分かるけど。でも眠くなるんだよ! みたいな感じ。
 これって、序文のある作品(主にラノベ?)でよくあることだと私は思ってるけど。どうやって作品全体のスピード感を演出するかって、永遠の課題だよなーと私は思います。
 例えば、最初の大空氏宅侵入でもう少しアクションを動かすとか(なんか訳分からぬ罠が張られてるとか)をするのは一つの対応か……? とか思いますが、別にアクションを動かせば良いという話でもないので。物書き目線で難しいなーと思ったって話です。

 あとは、やはり最初から3人が等価な描かれ方をしているのも、「どのキャラがどんな感じか考えないと分からない(スピード感が落ちる)」「自分の目線がどこに入っていけばいいのか、距離感が分からず疎外感を感じる」の原因なのかなーと思いました。
 これは自省でもあるのですが。Web小説ってまず読んでもらうことが大事なので、やはり最初でストレスを与えるのって得策じゃないよなーと。

【最後に】

 以上の意味でも、この作品はWeb小説というよりも本物のSFラノベっぽい。電撃文庫とかから出てそうだし、買って読んだら「普通に面白い」ってなりそう。そして、Webだと酷評した人も(そういう人が存在するとは聞いている)、紙で読んだらまたイメージが変わるんじゃないかな。
 全くの個人的な意見として、これを公募に出せばいいのに……とか思うのですが。紙で読みたい。
 45万字でもメフィスト賞ならきっと……。
 送れない理由も理解しつつ(AWsで載せちゃってて、これは抜くことができなさそう)、でも、まぁ、そういう意見もありますよ。という話です。

 最後に。いちばん印象に残った台詞はこれ。

「そんなこと気にしてたの? あなたが人間かそうでないかなんて誰も気にしてないわよ。どうせアライアンスは訳アリの集まりよ。(中略)別にあなたも全員に受け入れられたいわけじゃないでしょ?」

 イヴたん(スラング)のセリフです。大人は大人でしっかりと考えている、魅力がある。それって物語の奥行きとして必須項目なのだけど(純文学で言う「相対性」の話)。こういう台詞がさらっと出てくるのは良いところ。
(ここだけ抜き出すと、なんか月並みな台詞に見えて微妙ですが)
 何かをやってると、カテゴリーの所属員全員に受け入れられないといけないように思えてしまう。それはストレスと疎外感を生むけれど。
 でも、勝手にカテゴライズしてるのは自分自身だよね。

 そんな形で。私は身につまされました。
 SFって、現実世界を描いた作品よりも、もっとずっと現実的なのです。
 こうやって真っ当にSFをしてる作品だからこその魅力も、すごく好き。


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