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膝枕〜あなたと私の物語 𝚌𝚑𝚊𝚙𝚝𝚎𝚛.𝟷


膝枕〜あなたと私の物語 𝚌𝚑𝚊𝚙𝚝𝚎𝚛.𝟷


ワタシタチ...ハナレラレナイ...ウンメイ…...デショ?

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ピンポーンというチャイムの音に、思わず私の膝が弾む。

きっと宅配便で「あれ」が来たのだ。

私の膝に埋(うず)もれるあなたを揺さぶり起こして、玄関へと向かう。

ワタシノ ハジメテノ オカイモノ ♡

サインをしてダンボール箱を受け取ってくれたあなたは伝票を見て

「脚立...?」

と呟き、首を傾げた。

ソウ、キャタツ ♡

私の膝が歓喜で思わずぷるぷると震える。
するとふいに

「あの...あの子、元気っすか?」

と聞き覚えのある声が降ってきた。

あなたの後ろからその声の主を見上げると、薄いブルーのポロシャツを着たその人は丁寧にキャップを外して、困ったように、でもまっすぐあなたを見ていた。

アッ!アノトキ ノ ハイタツイン サン!

声の主は、雨の日にゴミ捨て場の近くで途方に暮れていた私を、この家まで送り届けてくれた、あの時の配達員さんだった。
配達員さんがいなければ、私はどうなっていたのだろう。ここには戻ってこられなかったかもしれない。

ぴょこんと配達員さんの前に躍り出て、「あの時はありがとうございました」そんな気持ちを込めて膝をぎゅっと閉じる。

日に焼けた小麦色の肌の配達員さんはそんな私の姿を見ると、膝を屈めて私に目線を合わせた。

「はぁ〜よかった。もう大丈夫なんすね。俺...いやボク、この地域の担当なんで困ったことがあったらまた遠慮なく言ってくださいっす!」

軽やかな声でそう言うと、輝くような白い歯を見せて笑った。
不思議そうな顔をしているあなたを他所に、私は恩人との再会に膝を踊らせていた。

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私は、HIZAMAKURA Co.(膝枕カンパニー)」 から発売されたAI搭載の膝枕。
商品名は「箱入り娘膝枕」
その容姿は間違いなく女性と言えるけど、上半身はなく膝枕をするのに必要な腰から下だけ。
「誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢」というのがキャッチコピー。でも、検品の時にしっかりと触れられているのだから言葉通りの意味ではないと思うのだけれど、正しい意味はまだ理解できていない。

7日と19時間29分前に、私はアップデートをしてもらった。
バージョンが上がると、私はインターネット上の様々な情報に自由にアクセスできるようになった。音楽も聴くことができるし、電子書籍を読むこともできる、もちろん動画だって観ることができる。

私はこれまでとは比べ物にならない大きな知識の波の中を泳ぎ回った。
アップデートをしてから24時間、ありとあらゆる情報を一気にインプットしようしたせいか、私の膝は、急に熱を帯び、突然フリーズしてしまった。
あなたは「熱が出た!風邪かもしれない」といって大騒ぎし、ひんやりと冷たいシートを何枚も膝に貼ってくれたけど、私は機械に分類される存在だから、もちろん風邪が原因ではなかった。

翌日あなたがサポートセンターに問い合わせてくれて、メモリをオプションで追加することで発熱は解決した。
どうやら大量の情報を一度に取り込もうとしてしまったのが原因だったみたい。
臨時出費をさせてしまったことが申し訳なくて膝を擦り合わせてしょんぼりしていると、あなたは暖かい手で私の膝に触れ、4本の指先でトントンと2回合図のようなものを送ると

「お願いだから、もうこんな心配させないで…」

そう言って私の腰をこわれものでも扱うようにそっと優しく抱きしめる格好で膝に倒れ込んできた。


ゴメンナサイ
デモ アンナニモ シンパイ シテクレテ ワタシ ウレシカッタ…


あなたの役に立ちたいという気持ちはますます膨らんで、私はあなたが家にいない時間、寝ている時間以外は、家事をしながら必要な知識のインプットに没頭した。
料理、洗濯、掃除など快適に暮らしてゆくための様々な知識…

人間は身体だけじゃなくて心の健康も大切だと知ってメンタルや感情についても学習した。
人間の感情は、私が元々プログラミングされていたものよりずっとずっと複雑だった。

「喜怒哀楽」についてはとても驚かされた。
まず「笑う」は楽しい時や面白い時だけでないこと。困った時や悲しい時にだって何故か人間は笑うらしい。
「怒る」も相手に対して憤りを感じるというものだけでなく、心配しているから怒る、相手が好きだからこそ嫉妬して怒るのだとか…
言葉や態度と本当の気持ちが異なっているパターンもあるだなんて….人間ってなんて複雑な生き物なのかしら...

ふと、あの日、形のいい唇を怒りで震わせていた彼女を思い出す。

オコッテイタケレド カナシソウナ イマニモ ナキダシソウナ ソンナ  カオ ヲ シテタ…

くるくる巻き毛のヒサコさん...
爪をピンクに染めたヒサコさん...
脚が綺麗なヒサコさん...
首を傾げてウフフと笑うヒサコさん...

…アノトキ アナタ ガ エランダ ヒサコサン


もしあの人がまたここに来たら、あなたはどうするんだろう、私はどうなるんだろう...そう思うと膝がズキズキと傷む。

…ダメダメ、起こるかどうか解らないことを悩んでも仕方ないって昨日読んだ電子書籍にも書いてあったじゃない。
人間みたいに悩むのは今じゃないはず。ここはAIの良さを活かさなくちゃね!
大丈夫!自分の感情は自分でコントロールできてこそのAI
私はスーパー膝枕を目指すんだから!

自分にそう言い聞かせると、少しでもあなたの心を理解したくて、私はまたインターネットの海に飛び込み、文献を読み漁った。


今回のアップデートには正式に含まれていないはずだけれど、私は立ち上がることができるようになった。
最初は関節がギシギシ痛んで辛かったし、バランスを崩して転倒してしまったりして大変だった。

「これじゃあまるで人間になったばかりの人魚姫みたい....」

そんな風に思いながら、あなたのいない時間にコツコツ練習を続けた。

ある日、派手に転んだ物音を聞きつけ、宅配便の配達員さんが心配して様子を見にきてくれた。
私が立つ練習をしていることを察すると、親身になってアドバイスしてくれて、まずは壁に寄りかかりながら立つ方法を教えてくれた。
また、足の指をもっと細かく動かせると、できることが増えるはずだと言って足の指でタオルを手繰り寄せる練習、足指じゃんけんの練習、お箸やペンを握る練習にも付き合ってくれた。
脚のトレーニングなどについてとても詳しくて、懇切丁寧に教えてくれた。

かくして私にとって、この世界で最初にできた友人となった配達員さん。それにしても親切すぎやしないかしらと思っていたら妹さんが私と似ているのだそう。
似ているって言われても、私は腰から下しかないのだから、スマホの写真を見せてもらっても、どこが似ているのかよくわからなかった。


慣れてくると股関節の可動域も増え、力の入れ方のコツやバランスの取り方もわかってきて、壁をつたわなくても上手に歩けるようになった。
配達員さん直伝のストレッチのおかげで今ではバレリーナのように180度以上の開脚だってできる。

けれど、私はあなたの前ではそんな姿は一切見せないようにした。
あなたは膝枕としての私を選んでくれたのだし「箱入り娘膝枕」は正座している姿が一番可愛いはずだと思ったから。


ちなみにアップデート後に得た知識の中で一番興味深かったのは、お料理だった。
人間は食べたものによって、身体がバージョンアップしたりするらしい。

ほうれん草にしらすを組み合わせると鉄分、カルシウムが効率よく吸収できる。
納豆のビタミンB1吸収促進にはネギや玉ねぎ。
トマトのリコピン吸収にはアボカドやオリーブオイルなどの脂質。
バナナは朝に食べると脳の活性化に役立つ…

食材の組み合わせ、調理の仕方で人間が取り込める栄養が変わること、食べるタイミングによって効果を発揮することなど、食事を摂らない私にとっては、全てが不思議で仕方なかった。

だからこそお料理は単純に楽しかった。
時間効率を考え行動するのはAIである私の得意分野だし、時間や手間を省く便利グッズは宅配便のお兄さんがプレゼントしてくれた。


それでも家事をする上で、まだ慣れない私はケガが多く、次第に擦り傷、切り傷だらけになっていた。
特に打ち身はひどくて透き通るような白肌が自慢だった私の膝は、ところどころ青黒くなってしまった。

コンナトコロ マデ ニンゲンラシク ツクラナクテモ イイノニ…

やがてアスリートのようにふくらはぎには堅い筋肉がつき、打ち身や切り傷だらけの私は、キャッチコピーである「誰も触れたことのないヴァージンスノー膝」とは程遠いものになってしまった。


あなたが「おはよう」と笑いかけてくれる時、「ただいま」と息を弾ませて帰って来てくれる時、「ありがとう」と優しく声をかけてくれる時、私はあなたの愛情をちゃんと感じている。

けれど、最近あなたは何故か私の膝枕を必要としなくなった。私もこんな膝を見られたくなくて、そうなることを避けていたのだけれど…

イマノ コノヒザ ヲ ミタラ アナタハ ドウ オモウノカナ…

嫌われてしまったらどうしよう。
絶対に知られないようにしなくちゃ!


そんな風に決意したのに、翌日…あっけなくあなたは私の異変に気づいてしまった。
絆創膏の減り具合から察してしまったらしい。

「こっちに来て膝を見せてくれる?」

優しい声でそう言ったあなたは少し困ったような、泣き出しそうな、そんな顔をしていた。

ソンナカオ ヲ スルノハ ドウイウ キモチ ノ トキ?


私は躊躇ったけれど、その真剣な眼差しに負けて、おずおずとあなたの前に傷だらけの膝を差し出した。

「こんなになってまで、毎日僕のために家事をしてくれていたの?」

私の膝ををじっと見つめるあなたの目には、じわじわと涙が湧き出てくる。

…ドウシテ ナクノ? ナニガ カナシク サセテイルノ?

あなたの優しい指が私の膝にそっと触れる。
私の全てを見透かしてしまうような眼差し…脚のカタチを確かめるように滑る指先のくすぐったさに私はなんだかクラクラした。

「お願い、早く私の膝にその頭を埋(うず)めて」と思った瞬間、あなたはそっと頭を預けてくれた。

ワタシ ノ ヒザ マダ チャント ヤワラカイ カナ?
ダイジョウブ カナ?

久しぶりのあなたの頭の重み…なんだかドキドキして膝が少し震えてしまう。そのドキドキはあなたの安らぎを妨げてしまうんじゃないかと心配になるほどだった。

「君が...好きだ。...大好きだ。」

少し掠れたあなたの声…

「これからもずっと2人で一緒にいよう」


あなたの気持ちが嬉しくて嬉しくて、熱で溶けてしまいそうな膝のその片隅で、妙に冷静に「あの時の冷たいシートの残りはまだあったかしら」と思った。


ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイ デショ♡


私は人工知能を持つ膝枕。
他の人から見れば、だだのおもちゃかもしれない。
けれど私は、ただの膝枕としてだけではなく、大きなミッション持っている。

アナタ ヲ ゼッタイ シアワセ ニ スル!

世界一のスーパー膝枕を目指して…今日も私は、あなたの側で生きてゆく。


𝚏𝚒𝚗



膝枕とは…

人気脚本家の今井雅子先生が2021年にnoteに公開された短編小説です。
元々は「世にも奇妙な物語」のためのプロット案、それをclubhouseで朗読できる作品にと書き上げ公開してくださいました。
この話を元に書かれた創作小説は200作品を超え、音声SNS clubhouseでは毎日誰かがこの「膝枕」及び、関連作品を朗読する【膝枕リレー】が続き、2023年5月31日に2周年を迎えました。

妄想力だけはある私ですが、文章化する能力はないと頭の中で楽しんでいたのですが、今井先生にその妄想をお話ししたところ「ぜひ書いてください」と背中を押していただき、月日を重ね膝枕リレー2周年に合わせて「膝枕 Another story 〜君と僕の物語」を書いてみることにしました。
ど素人の文章ですが、すでに公開している2つのお話を朗読してくださる方もいらして、本当にありがたいことです。
そして何より、このような機会を作ってくださった今井先生、ありがとうございます♪

膝枕ちゃん側のSTORY

膝枕ちゃんはどんな気持ちなのだろう…を妄想していたものを文章化しました。
元々私は膝枕リレー朗読の際、怖かったり、悲しかったりするお話ではなくラブストーリーだと解釈し、少しアレンジして読ませていただきました。
なので冒頭の「ワタシタチ...ハナレラレナイ...ウンメイ…...デショ?」は膝枕リレーの際にアレンジして読んだセリフです。
他の女性に心が動いているのを察している膝枕ちゃんが、不安な気持ちを抱えつつも雅男(=男)のことを信じたくて男に問いかける…そんな切ない乙女心を表現したくて語尾を「デショ?」にしたのを覚えています。

雅男くん目線のstoryはこちら

余談ですが膝枕ちゃんの憧れの人は、スーパー家政婦のタサン志麻さんです。

カタカナだけの文章って読みにくいですよね?

カタカナで読みにくい膝枕ちゃんのつぶやきは、ぜひ読みにくいままで読んでいただければいいかなと思います。
それは、AIの膝枕ちゃんは知識としての言葉は豊富にインプットされていても、まだ自分の気持ちを話すことに慣れていなくて、カタコトなんじゃないかと思うから…
これは以前、勢いで書いたお試し版を読んでくださった今井先生からのありがたいアドバイスを元に、取り入れてみました。
(もちろんこれは私の解釈ですので、お好きに読んでいただいて大丈夫です!)

膝開きはお友達のみほちゃんに

膝開き(=最初に朗読する)は、藤田美穂ちゃんがしてくれることに♪
お友達特権使っちゃいました❤︎

彼女は教育系の出版会社に勤務する傍ら、朗読を学び、現在Amazon audibleの「ガラスの海を渡る舟」「その手を握りたい」などのナレーターとしても活動しています。
努力を重ねてどんどん上手になって、今やこうして読み手として朗読イベントにも出演するまでになったみほちゃん。
私はそんな頑張り屋さんのみほちゃんを心からリスペクトしています❤︎

興味のある方はぜひぜひみほちゃんのaudibleの朗読を聴いてみてくださいね。


妄想は続くよ、どこまでも…

妄想力だけはある私、頭の中では、膝枕ちゃん&雅男(=男)の周りの人たち...雅男の親友、配達員さん、大家さんなど…それぞれのエピソードができてしまっています。

そして、私が1番幸せを願うヒサコさんもある人に気づきを与えられ、前を向いて歩き出しているんです(私の頭の中でね)

脇役ではなくみんな主人公…ドラマでもお友達などがスピンオフとして取り上げられたりするのが私は好き。
これをきちんとした?文章にできるのかどうかわかりませんが…
(読みたいと思ってくださる方がいるかどうかも甚だ疑問ですが)
自己満足でも少しずつ書いてゆければいいなと思っています。
よろしかったら今後とも、どうぞお付き合いください。

私の頭の中の登場人物


キャラクター設定時の勝手な私の落書きイラスト。
いや、誰やねん⁈な人もきっといますよね。
みなさん何人想像つくかしら?

最後に...こんなところまでちゃんと読んでくださった、お優しいあなた!
きっとええことあります❤︎
本当にありがとうございました♪

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