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暮らしと学問 16 暮らしをよりよく導くSDGsという視座

(はじめに)国連の発表した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(SDGs)が暮らしをよりよくする視座を提供すると聞けば大袈裟でしょうか? いえ、大袈裟ではありません。暮らしと学問は密接につながっています。


SDGsって何?

 仕事柄、地域再生の書籍をよく読んでいますが、最近読んだもので非常に啓発を受けたのが筧裕介『持続可能な地域のつくり方』(英治出版、2019年)です。「未来を育む『人と経済の生態系』のデザイン」と副題され、SDGsの考え方に基づき、地域課題の解決の具体的・実践的な方法論を示す一書です。持続可能な地域づくりに取り組む公務員、民間企業、そして住んでいる街を豊かな地域へと盛り上げていこうと取り組む市民の方々には、ぜひ手にとって欲しい一冊です。

 さて、SDGsです。

 ニュースでそのフレーズを聞いた方も多いと思いますが、その本質についてはわかりにくいという印象を抱いているのではないでしょうか? 端的にいえば、2015年9月の国連総会で全会一致で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」と呼ばれるもので、通称SDGs(Sustainable Development Goals)、日本では「持続可能な開発目標」と称されます。

 外務省は次のように概要をまとめております。

持続可能な開発目標(SDGs)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標です。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。
(出典)JAPAN SDGs Action Platform、外務省。


 SDGsの特徴はその具体性にあります。3領域、17ゴール、169のターゲットで構成され、領域は暮らしや社会福祉にまで及びます。国連と聞けば、気候変動といった環境問題や、途上国の貧困問題、あるいはテロや紛争と言った安全保障の問題など連想しがちですが、「8 働きがいも経済成長も」、「11 住み続けられるまちづくりを」など経済活動や私たちの暮らしもテーマとして取り上げられており、そのアジェンダは、暮らしと無縁ではないことが理解できます。

 17のゴールには、それぞれに10個程度の細分化されたターゲットが示されています。例えば、6の「安全な水とトイレを世界中に」では、第一に「2030年までに、全ての人々の、安全で安価な飲料水の普遍的かつ衡平なアクセスを達成する」と掲げられ、「2030年までに、全ての人々の、適切かつ平等な下水施設・衛生施設へのアクセスを達成し、野外での排泄をなくす。女性及び女児、並びに脆弱な立場にある人々のニーズに特に注意を払う」といったものが続きます。

 衛生施設の向上と聞けば、途上国の問題と感じますが、「2020年までに、山地、森林、湿地、河川、帯水層、湖沼を含む水に関連する生態系の保護・回復を行う」、あるいは、「水と衛生に関わる分野の管理向上における地域コミュニティの参加を支援・強化する」といったゴールを参照するならば、私たちの暮らす日本社会においても、決して無関心ではいられないテーマを扱っていることが理解できます。

世界は重層的にからみあっている

 SDGsnの考え方の特徴は、端的にいえば、この世界はすべてリンクしているという視座です。その視座から問題点をピックアップし、その解決をマッピングしたものがSDGsと言ってよいでしょう。すべてがお互いにつながってい、それを可視化したところがこれまでになかった特徴といってもいいでしょう。

 「すべてがつながっている」と聞けば、「確かに」と思うフシは日常生活でもありますが、実際の日常生活とは、全てが分断されているのが実情です。「すべてがつながっている」にも関わらず、そのアクセスが断ち切られているために、例えば、紛争の問題と暮らしの問題が本来「つながっている」にも関わらず、「つながっている」ようにみえない錯視を私たちにもたらしているのが実際ではないでしょうか。例えば、「縦割り行政」という言葉が象徴的です。会社や行政といった組織だけでなく、暮らしにおいても事態は同じです。

 例えば「地球温暖化とイスラム過激派組織によるテロ。どちらも日本人誰もが知っている出来事です。しかし、だれもがその2つがつなっていることは知らない」としてニュース・キャスターの国谷裕子さんは、SDGsの取りまとめ役のアミーナ・モハメッドさんのエピソードを紹介しています。 

 彼女の地元には、チャド湖という湖があります。幼い頃は「この湖の先には、どんな世界がひろがっているんだろう」と思いを馳せていたほど、大きかったものが、温暖化(13 気候変動)の影響で水位が下がり、彼女の言葉を借りれば、「水たまり」のように小さくなってしまった。湖の恩恵を受け農業や漁業に従事していた住民は、水不足に悩まされ(6 水とトイレ)、仕事を失い(8 仕事と経済)、その土地を離れ、大都市へと移り住みました。都市部には貧困層が増え(1 貧困)、街がスラム化しました(11 まちづくり)。そして、苦しい生活の中で、イスラム過激派組織の緩急を受け、テロ活動へと加わる若者が増えていったというのです(16 平和と公正)。
(出典)筧裕介『持続可能な地域のつくり方』英治出版、2019年、43-44頁。

 チャド湖の枯渇→仕事の喪失と貧困→テロの拡大の連鎖は、地球上のさまざまな問題はそれぞれがバラバラに存在するのではなく、実は底流でつながっていて、互いの影響や相互作用を考えた上で、問題に対処していかなければならないという消息を物語っています。

私たちの暮らしをよりよく導いていくSDGsという視座

 私たちの暮らしを少々振り返ってみましょう。人口減少、少子高齢化、地場産業の衰退、あるいは不登校生徒の増加や繰り返されるいじめや虐待。こうした問題は、同じようにバラバラに分断されて「事件」として成立しているわけではありません。

 例えば、SDGsのターゲット2は「飢餓をなくそう」です。日本で暮らしていると「飢餓」とは縁遠く感じられるかも知れません。しかし、4割を切る食料自給率は先進国では最低レベルです。農家の担い手の平均年齢は70歳に近づき、就業人口は急速に減少しつつあります。「子ども食堂」というキーワードをニュースで聞くことが多くなりましたが、7人に1人の子どもが貧困状態にあるといわれています。飢餓ひとつとってみても、実はすでに他人事ではない事態になっているといってもいいでしょう。加えて買い物弱者といったキーワードも参照するならば、飢餓に関しても人口減少や少子高齢化、地場産業の衰退といった事象が重層的に絡み合っていることが理解できるのではないでしょうか。

 地球規模の問題に関しても、そして私たちの暮らしに関しても、ある課題に対する対策が、見えないところで別の課題を引き起こしている、あるいは悪化させているのが現状です。

 これに対して私たちはどのようにむきあっていけばよいのでしょうか? SDGsの考え方をひとつのシナリオとするならば次のように創造していくことが可能かも知れません。

 これまでのやり方に固執したり、固定的な立場の中に閉じこもりがちで、新しい議論ができない。そんな「タコ壺化」からの脱出を試みる際に、SDGsは役立つと思います。SDGsという共通の地図を見ながら、みんなで議論することで、旧来的な文脈から離れ、話し合いの幅を広げることができます。また17目標、169ターゲットとたくさんのテーマがあるので、色々な人が議論に加わりやすく、外の人も迎え入れやすくなります。色々な立場の人がそれぞれの意見を出しやすくなる効果があると思いますね。
(出典)筧裕介、前掲書、46-47頁。

 木を見るのではなく、森を見ること。
 あるいは、現在から未来を見るのではなく、未来から現在を見つめ直す視座。

 このSDGsの問題解決能力は、繰り返しになりますが、私たちの日常生活をよりよきものへとすりあげていく、暮らしを豊かにしていく視座になるものと筆者は考えます



氏家法雄/独立研究者(組織神学/宗教学)。最近、地域再生の仕事にデビューしました。