夜逃げ

寝る時の体勢とは。

僕ははたと考えました。さよう、僕は今眠れないのです。いつもどのような体制で寝ているのか思い出せないのです。夜のカーテン越しのわずかに溢れる光がぼやぼやとその様子を眺めています。僕は布団の上で何度も寝返りは違う違うと言い、あっちを見たり、こっちを見たり布団の中を一人、さまよっております。茶色の掛け布団も夜では真っ黒で、温かみなんぞありません。ただ柔らかい黒の布、それだけなのです。も一度寝返りをしました。目の前には机と椅子と、棚が一つ。今足先に触れたこのパリパリとした音は、電子レンジで温める種類の湯たんぽでしょう。もう春近く、出番が少なくなり夢を見ている時にどこかへ追いやったつもりでいましたが、まだ布団の中にいたようです。そしてもう一つ、何やら硬くも一粒豆のような食感の野茂がくるぶしの内側にあたりました。ぞくりとした私は勢い余って起き上がって、その得体の知れないものを摘みました。するとしゃりと音を立てているではありませんか。もしやと得体の知れないものに花を近づけた僕は、すんと香りを嗅ぐのでした。ほのかに梅の香りがする。僕は後ろの窓を振り返りました。僕は先日親から梅の枝木を頂きました。それらを窓の手前に飾っていたのですが、そのうちの蕾が、何かの拍子でころりとこの布団の中に落ちてしまったようです。季節の変わり目を感じながらも、布団の中に落ちている花に気が付かないほどこの部屋は汚いのかと、自身の掃除のしない日々に呆れてしまいました。
暗い天井も、ずっと見つめていると明るく感じるものです。うつ伏せになったり、仰向けになったり、また寝返りをしたり、しばらくするうちに、この部屋の暗さに目が慣れてきたようです。真っ黒な掛け布団をぶんと勢いよく顔の近くに動かし、何も見えない世界に溶け込む作戦を考えました。あいにくこの手はだんだんと自分の呼吸が苦しくなってきたため、すぐに諦めてしまいました。ならばと僕はその掛け布団を抱き枕のようにしてみようと思いつきました。抱き心地は良いですが、なんだかくしゃみが止まらない気がします。クシュンクシュンと止まりません。なんだか惨めになってきました。これも没です。ついでに左肩になんだか違和感があります。左を向いて寝るのはよくないでしょう。であるならば右を向いて寝たら良い。右を向くとそこは壁。何もない。壁である以上、何もない。ならばそこから世界を描けばいい。この壁はボコボコとしている。小さな凸凹があるのだ。仮にこの触り心地の動物がいたら、それはどんなだろう。光や水を吸収するためにあえて凸凹とした皮膚を持っている、またはこの凸凹には毒が含まれている。これで近くにやってきた敵を倒して食べるのだ。この毒は自身で食べても問題なく、体内で解毒できるため問題がない。住んでいるのはやはり亜熱帯のようなところだろうか。この生き物は絶滅危惧種に認定されているかも知れない。いや、この時代には生きておらず、遥か昔の太古の世界で王者に君臨していたんだ。この毒に勝てるものなど他にいないのだ。負けるのはメスへの惚れた弱みくらいかもしれない。このメスと出会ったのは数日前、神聖な泉の近くで休んでいたところ、メスから声をかけてきたことがきっかけだ。メスは僕のことをまっすぐに見つめている。なんだか照れてしまう。これが惚れた弱みか。近くの火山が爆発した。僕はびっくりして近くの泉に落ちてしまった。冷たかった。体がふわりと浮いたような気がしました。僕は息を吸っては吐き、吸っては吐いています。どうしたことかと僕は焦りました。目の前には暗い天井、右側にはわずかに溢れる淡い夜の光、左側には机と椅子と棚。そして僕は両腕を万歳したまま、夢から覚めたことを自覚したのです。

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