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研究テーマ 第一部:人工肺、エクモについて

僕の研究業績はまだまだ浅いものですが、今回は自分がこれまで携わってきた研究プロジェクトなどを語ろうかと思っております。すべてを話すと長くなりそうなので何部かに分けて話していきたいと思います。
それでは、今回もよろしくお願いします。

深く話を始める前にご留意事項を一つ記します。

今回の記事は医療関係の内容を含みますが、正確な医療情報が必要な場合はしっかりお医者さんとご相談することをお願いします。僕は医師ではありません。僕の言うことを全て鵜呑みにすることもおすすめしません。僕の記事から人工肺などのバイオ、医療テクノロジーに興味を持ってくださる人が一人でも増えればうれしい、という感覚でやっていますので、そのへんのご注意をお願いします。

失礼しました。それでは始めましょう。

人工肺、エクモ

僕はアメリカペンシルバニア州ピッツバーグ市にあるカーネギーメロン大学にBiomedical Engineeringの大学院生として在籍していました。Keith Cook教授に師事していました。Cook教授は人工肺とバイオマテリアル(biomaterial:このことについては今後の記事で説明します)の研究で、人工臓器研究の界隈では有名な方です。

人工肺、何それって思う方々が多いでしょう。コロナ禍が流行っているこの昨今、人工肺技術のことは実は皆さんもニュースで目にしてきたかもしれません。ちなみに人工呼吸器(ventilator)ではありません。人工呼吸器は酸素を肺に直接送り込む機械ですが、人工肺は血液に(ほぼ)直接酸素を与えます。人工呼吸器が人工肺に劣る点としては、もし患者さんの肺がボロボロに弱っていたら、どれだけ酸素を肺の中に送り込んだとしてもあまり効果が出ず、むしろ肺が更に悪化することもあります。そのため、人工肺はベンチレーターを使っても治らない重度な呼吸不全のときに使われる肺にやさしい救命措置であり、「最後の砦」と称されることもあります。

この人工肺を用いた措置をすべてまとめてエクモと呼びます。エクモは英語でもECMO。日本語に訳すと「体外式膜型人工肺」、英語では”extracorporeal membrane oxygenation"。日本語でも英語でもすごい字面ですね。ちなみにECMOと略されるそれぞれの言葉の意味も説明させていただきます

  • extracorporeal:「体の外にある」 

    • ”extra"には「外の、過度な」、"corporeal"には「体に関する」と言う意味

  • membrane: 「膜」という意味

  • oxygenation:「酸素供給」、”oxygen”だけだと酸素なので、”-ation"が語尾について酸素を与える行動という意味になります。

つまり人の体から血をポンプを使って出し(脱血)、人工肺を通して酸素供給および二酸化炭素除去を行い、血を体の中に戻す(送血)措置のことです。

エクモの回路Created with BioRender.com

エクモ関連ページをいくつかここに貼っておきますので、そちらもご参考にしてください。

人工肺の仕組み

人工肺の中を見てみると、ミクロ単位の管が何万本もずらっと並んでおります。また、管の膜はポリプロピレンやポリメチルペンテンなど、酸素が通りやすいポリマー材料で作られています。すべての管の表面積を合計すると1-2平方メートルぐらいの広さになるので、この大きな表面積をうまく活用して酸素の供給と二酸化炭素の除去を行います。この設計、体内の肺と気胞の構造に近いですね。

酸素を運ぶ筒を電子顕微鏡で見るとこのようになっております。メーカー、ブランド、材料によって異なりますが、直径は大体200から350ミクロンあたりです。

管は中は筒抜けになっております。管の中に酸素ガスが流れており、管の周りを血が流れてます。従って酸素は濃度の高い管の中から濃度の低い管の外へと、血の方へと動きます。二酸化炭素はその逆の方向で、濃度の高い血から筒の内側へと動きます。酸素と二酸化炭素の移動方向が逆のことから、この現象のことをガス交換とも呼びます。

並んだ管の断面図はこんな感じです。筒のまわりの抜け道を血がくねくねと流れるイメージ。ちなみにO2は酸素のことです

人工肺の例を上げるとすればQuadroxです。QuadroxはGetinge社が開発した、世界中で最も使用されている人工肺と言っても過言ではありません。ユーチューブにこのQuadroxの仕組みが載っています。英語がわからなくても映像を見てくだされば理解が深まると思います。

なぜこのような複雑な構造にしなければならないのか?このデザインは最終形態であり、ここに至るまでもっと単純なデザインもありました。紆余曲折あって、人工肺に必要なスペックを絞り出した末、このデザインが現在では一番適切だと思われています。人工肺の必要条件の内の一つは、血と酸素ガスの通り道を分けること。この理由は主に安全面です。過去の人工肺のデザインには、直接酸素ガスをブクブク血に送るものもありました。ですが、もしガス気泡が体内に入ったら、心筋梗塞や脳梗塞などを引き起こし命の危機に繋がります。これを避けるためには血とガスを隔てること、つまり膜を用いたガス交換を行うことが主流になりました。さきほど、「人工肺は血液に(ほぼ)直接酸素を与えます」と言ったのも、膜を用いるので実際は直接ではないから言ったことです。

そしてもう一つの条件は、先程も言った表面積。十分な表面積が無いと、生命維持に必要な酸素の供給が追いつかないためです。この大きな表面積を限られた空間内に収めるためにこのようなミクロ単位の筒などを使うことが必要です。人工肺の中は何万本の筒がもぎっしりと詰まっております。

しかし、ぎっしりと膜の筒が詰まっているせいで、人工肺は長期間使用には向いておりません。それが何故なのかは、次回掘り下げていきたいと思います。

まとめ

今回は人工肺、およびエクモとは何かを手短に説明させていただきました。読んでくださった方々の全員がエクモの世話にならないことを願っております。ですが知っておくと結構面白く、奥が深いですよ。

最後まで読んでくださってありがとうございます。


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