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研究テーマ 第二部:人工肺と血栓

どうも、3回目のノート投稿となりました。

今回は前回に引き続き、人工肺の話の第二部を語らせていただきます。

さて、前回のおさらいポイントとしては

  1. 人工肺とエクモとは何か

  2. 人工肺を介してどのように血液に酸素を送り込むか

のようなところでしたね。人工肺がどのように救命措置として使われているのか話させていただきました。今回も人工肺の続きですが、少し観点を変えまして人工肺の改善点などを話していきたいです。でははじめましょう。

人工肺の天敵

人工肺は常に血液に酸素を提供しつづければなりません。我々が生命体として機能するためには酸素は欠かせません。呼吸不全の人たちは肺の機能が低いため呼吸するのにも一苦労、酸素が常に足りていない状態です。それを補う人工肺も、もちろん常に活動していないといけません。それがどういうことかと言うと、人工肺の中には常に血が流れており、即ち血流が止まると人工肺の機能も止まります。人工肺をより長く活用するためには、血をサラサラな流れやすい状態にしておくことが肝心です。人工肺の中の、入り組んだ管のネットワークをかいくぐるには尚更です。

ですが血液内のタンパク質や細胞たちは、この人工肺のことをあまり快く思っておりません。むしろ、体の一部ではないと認識しており、それに応じた活動を行います。たとえば、血の凝固に関わる血小板、フィブリノゲンなどは人工の表面を覆い被せようとします。フィブリノゲンと血小板はこの人工の表面上に網をつくり、その網に赤血球など白血球もひっかかり、段々と血栓ができあがってきます。

血栓が人工肺の中にできあがった状態

人工肺の中だとこれは深刻な問題です。なぜなら血流とガス交換の妨げになるからです。管と管の間に血栓ができると、血の流れの邪魔になります。そして同じく、管の表面上に血栓が形成されると、管の内側から血へと動く酸素の拡散も妨げます。血栓が大きくなるにつれ、人工肺の血流は下がり、機能も下がります。血栓が更に大きくなると崩れやすくなります。よって管の表面から剥がれ落ち血流に入ると心筋梗塞、脳梗塞を引き起こすこともあります。

因みにこの血栓問題は人工肺特有なものではありません。例えばバイパス手術などに用いられる人工血管、心不全の患者に植え付けられる人工心臓ポンプとかにも、血栓のリスクはあります。しかし人工肺特有のリスクとしては、有する表面積がはるかに大きなこと、また入り組んだ構造によって血栓形成が促進されることです。よって人工肺の使用期間は短く、長く持っても1-4週間ぐらいです[1]。つまり、何週間かごとに人工肺を新しいのと入れ替えているわけです。

血栓を止めるには?

今の技術では血栓を完全に止める術はございません。代わりに抑制する方法はいくつかございます。一つはヘパリン投与。ヘパリンとは、トロンビン(thrombin)を抑制する効果がある抗凝固薬です。トロンビンは、血栓を作り上げる上に欠かせない凝固カスケード内の因子の一個です。凝固カスケードとは、血栓ができる過程を滝(英語でcascade)に見立てて名付けられたものです。

凝固カスケード:第XII因子(Factor XII/FXII)がFXIを活性化し、そのFXIがまたFIXを活性化する、とういうことが滝の流れのように続くことからこう名が付きました。thrombin/トロンビンは丁度真ん中にありますね。

このトロンビンを抑制することにより、血栓が出来にくい環境になり、よって人工肺の使用期間を延ばせます。

だが残念ながら、このような方法で血栓形成を抑制すると、逆に止血が難しくなります。過剰な血栓の抑制から起こる出血のリスクは高くて、エクモ患者の約3-4割ほどに出血が見られます。[2,3] しかも、出血によって患者の死亡リスクも高まるために [2,3]、ヘパリンの投与量を減らすべき、別の抗凝固薬で補うべき、のような声も増えてはいますが、関連データが少ないためヘパリンは未だに主流です。ヘパリンを使い続ける限り、エクモ中の出血リスクをゼロにすることは無理なことでしょう。

自分の研究テーマへ

さて、これらの出血リスクを最小限に抑えつつ人工肺の長期使用できる、いいとこ取りのようなものが必要となります。

自分は博士論文の研究のテーマとして、血栓の源となる人工の表面に注目しました。血栓の主な材料となる血小板もフィブリノーゲンもすべて、人工肺の表面上を起点として形成されます。

人工の表面は、凝固カスケードの様々な因子を活性化させます。そのうち、第XII因子はすべての始まりと言っても過言ではありません。実質、カスケードは第XII因子の活性化から始まります。そこへと他の因子や血小板も表面上に集まり、血栓形成へとつながります。引き金となるこの人工の表面をどうにかすれば、血栓も抑えられるはず。

そして僕がとった行動とは?それは、主に2つです。

  1. 人工肺の表面上をコーティング加工すること

  2. 第XII因子の働きだけを止める薬剤を投与すること

次回はこれらのトピックスを、私がこれまで執筆してきた学術記事を交えて話してきたいです。今回も読んでいただき誠にありがとうございました。

用語リスト

今回扱った用語をいくつかまとめておきました。

血栓:血液が固まって(凝固)できる物体のこと。人工肺の一番の天敵
凝固カスケード:血栓のできる過程が、AがBを活性化し、BがCを活性化し、… と滝の流れのようなことから、滝の英名のcascade/カスケードを取りこう名付けられた。
フィブリノゲン:血栓の材料。細長いタンパク質であり、フィブリノゲン同士がつながりロープ状になる
血小板:血栓の材料となる細胞。フィブリノゲンにくっつくことができ、血栓の網のつなぎ目みたいなもの
トロンビン:血栓形成に欠かせない因子。血小板を活性化したり、凝固カスケードの一部だったり役割はさまざま
ヘパリン:トロンビンを抑制する抗凝固薬、エクモで最もよく活用される

参考文献

[1] Maul TM, Aspenleiter M, Palmer D, Sharma MS, Viegas ML, Wearden PD. Impact of circuit size on coagulation and hemolysis complications in pediatric extracorporeal membrane oxygenation. ASAIO J. 2020:1048-1053. doi:10.1097/MAT.0000000000001121
[2] Dalton HJ, Garcia-Filion P, Holubkov R, et al. Association of bleeding and thrombosis with outcome in Extracorporeal Life Support. Pediatr Crit Care Med. 2015;16(2):167-174. doi:10.1097/PCC.0000000000000317
[3] Mazzeffi M, Greenwood J, Tanaka K, et al. Bleeding, Transfusion, and Mortality on Extracorporeal Life Support: ECLS Working Group on Thrombosis and Hemostasis. Ann Thorac Surg. 2016;101(2):682-689. doi:10.1016/j.athoracsur.2015.07.046


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