テレビなんか見なくても、問題ない

ぶっちゃけ、世の中、みんなテレビの話しかしないですよね。

あなたの周りの人達は、どうですか?

しゃべることといったら、見事にみんな、テレビ関連の話ばかりじゃないですか?

昨日テレビでやっていたこと、芸能人の不倫の話、芸能人のモノマネ、芸能人の持ちネタの再現、昔の芸能界の話、お笑い番組の話、流行のJポップとか歌手の話、トレンディドラマの話、凶悪犯罪ニュースや性犯罪ニュースの話、事件や事故の話…

こんなんばっかり話してますよね?

私は、昔っから、こういう話にからきし興味がないです。

でも、見事にみんな、こんな話ばっかりしているから、昔はこういう話に参加できない自分だけがちょっとおかしいのかな?なんて、結構悩んだりしていました。

だって、同世代の友人達と仲良くなるためには、会話の主体となっている上記のような話題に興味を持てないといけなかったわけですから。

こういう話に参加できないと、会話の場では自分だけが黙っていることになってしまい、完全に蚊帳の外に放り出されてしまうので、彼らとの交友関係を深めることができなかったし、交友関係が深まらないと、友達関係にもなれないし、次からは遊びに誘ってもらえなくなったり、もっと仲良くなれたら出会えるはずだった異性との出会いのチャンスも、数多く逃してきたかもしれなかったわけです。

「ああ、自分はかなり人生損しているよな…」

このように悩んだり落ち込んだりしたことは、それこそ数え切れないほどです。


でも、今はこうした悩みからは、ほぼ完全に開放されることができました。

色々と、真理について考えてきた結果、様々なことを腑に落とすことができたのです。


なぜ、私は悩みから開放されたのか?


テレビに興味を持ち、芸能ネタに強くなり、会話を楽しめるようになったから?


いや、違います。

そこの部分は実は全く変わっていません。


元々興味が完全にないものを、克服して好きになるということは、ハードルが相当高いですし、不可能に近い。


それでは、どう解決したか?


それは、テレビの話題に全く興味ないことを自分に許し、かつ他人にも認めてもらえるようになったからです。

この状態になるためには、最初にちょっとした勇気が必要です。

それは、会話の場で当たり前に振られるテレビの話題について、「いやその話知らないんだよね」「ごめんその話は興味がないわ」ということに対して、相手が取ってくる、「はぁ…?」「え…?」「この話題、有名なのにこの人知らないの…?」というシラけたリアクションと冷めた空気に耐える勇気です。

この空気が怖いから、ついつい知ったかぶりとかしてしまったりもするんですよね。。

大して知らないのに、みんな知ってるような話だから、自分だけ知らないことがバレたら恥ずかし過ぎる!とビビッて、ついつい「…あー、はいはいアレね!そ、そうだよね!あの話ね!うん知ってる!」みたいに同調してしまう的なやつ。

これを、勇気を持って辞めるんです。

そしたら、やっぱり「はあ…?」みたいにシラけた空気になったりします。

でも、そうじゃなく、逆に知らないことで笑いが起こり、場が盛り上がったりするケースもあります。


ただ、その笑いもバカにされてる感じで不快だ!と思う人もいるでしょう。わかります。私もそうですから。

しかしこれについては、そう何回も続きません。

「テレビの話に乗らない奴」と、相手にわかってもらうのに、2〜3回の会話ですぐに伝わります。

その後は、テレビの話を振られなくなります。


で、その後、

周りの多くの人は自分にあまり話しかけてこなくなります。

このときのマインドセットが大切。

「あ。避けられはじめた。寂しすぎる。もうこの場所には居づらくなるな…」と感じるかもしれませんが、

それはバイアス混じりの勝手な思考の暴走です。ネガティブシンキングの癖が染み込んでいるとこうなりますが、事実•現実はそうではない。

「ほっ。これで、知ったかぶりをして恥かいたりしなくなるし、本当の自分がわかってもらえた。肩の荷が降りた」

このように思考し、事実を解釈したほうが、圧倒的に生きやすくなります。


…そうは言っても、みんなテレビの話しかしないわけだから、会話自体が遮断されてしまうじゃん。それだとストレスたまるじゃん。という反論もあるかもですが、実はそのこと自体も思い込みです。

苦手な話題にむりやり付いてゆくストレスと、黙っていることに比べたら、黙っていることのほうが数倍ラクです。

そのうえ、みんなの前でひとりだけ黙っていても、「あいつはそういうキャラなんだな」と認めてもらえるようになるのです。黙っていても気まずくなる必要がなくなるわけです。

…かといって、何か話したいのに黙っていなければならないということもありません。そう思ったとしたら、それも思い込みです。

話したいことがあったり、話さなければならないことがあったら話すべき。

要は、周りの目を必要以上に気にせず、素の自分を出してゆくだけですね。

具体的には、「テレビの話には全く興味はないけど、必要なことや興味あることは話す」というふうにわかってもらえたらいいのです。

自分が周りの様子を伺って態度を変えるのではなく、自分がその時その瞬間に思ったこと感じたことを素直に表現することで周りに「認めさせる」ことこそが大切です。

大丈夫です。人間関係って、そのようになっていますし、逆にいえば、自分がこれまで「遠慮して、変な奴と思われたくない!という思いから出た態度や言動」も、「変な奴じゃなくまともな奴だな、というふうに、思惑通りに周りに伝わっているから」です。

ただ、本当は変な奴なのに「まともな奴のふり」をしているがために、周りも「まともな奴だ」と真に受けるから、まともな奴向けの対応をしてくるし、でも本当はまともな奴なんかじゃないから、周りの人の対応に対して不満を抱いてしまい「なんでわかってくれないんだ!」となってしまうわけですよ。


とまあ、自分でも何言ってんのかよくわからなくなってきましたが、、

「みんながテレビを観ているから、自分だけ観てないのはヤバい」だとか、

「みんなが知っていることなのに、自分だけが知らないのはヤバい」だとか、

こういう他人との比較から来る不安とかストレスっちゅうのは、はっきり言ってナンセンスです!時間の無駄無駄!


これからは、個の時代です。

みんなが知っていることを知らないことは、生きる上では大した問題じゃありません。

情報源がテレビしかなかった昭和の頃ならいざ知らず、今はネットのブログやYouTubeなど、情報の仕入れ先が個人レベルで多様化しているわけですよ。

まあ、私はネットが一般化される前の20年以上前から、テレビの話しかしない周りの連中というのが、不思議でしょうがないというか、世の中の人間全体がある種の宗教信仰者にみえて気持ち悪かったんですがね…。逆に私も気持ち悪がられていたかもしれませんが。

まあ、そんな感じで、これからの時代は、孤独も楽しんで生きましょう!ってことです。笑

周りの人間関係に上手く馴染めずに悩んでいる方に、この記事の真意が伝われば幸いです。

ちなみにですが

テレビってのは、政府や企業のプロパガンダだったりするわけですよ。プロパガンダの意味についてはここでは省略します。ググってください。

ニュースにせよ、バラエティやらにせよ、報道には発信者の意図があります。

•世の中で起きている事件や真実を早く国民に伝えたい
•国民の意識をこちらにこの話題に集めたい(=国民の意識をこの話題から逸らせたい)
•商品を売りたい
•視聴率を稼ぎたい

必ずしも、真理とか正しいとかいうわけじゃない。いや、むしろそうではないことのほうが多いかもしれない。事実を素早く伝えてはくれるかもしれないけれど、それを真理だとか正しいことだと盲目的に信用していいかどうかは、視聴者のリテラシーに委ねられているわけですよ。

で、世の中のほとんどの人は、テレビの情報を鵜呑みにしていますよね。メディアの意図としては、そのように視聴者をコントロールすることができれば成功です。

そこの是非を深掘りすることはこの記事の真意ではないですが、メディアにはこういった側面があるよということです。

だから、悪く言えば「メディアの意図に踊らされているかもしれない大衆」に従えないことを、恥じる必要などないということです。

メディアに振り回されないあなたは、自分の行動の軸を持っていると言えます。そのことに、是非自信を持っていただきたいなと思うのです。

社会不適合者でいいじゃないですか。

こんな画一的でマイノリティを受け入れられない、病んだ社会から爪弾きにされたからといって、それの何が悪いことなんでしょうか。

同調圧力なんて糞食らえ。

世間の情報から隔絶された山の中で、自給自足で生きている仙人みたいな人の生き様も、恥ずべき生き方ではなく、むしろ自分軸を貫いた立派な生き方であり、人間の生き方の多様性に過ぎないのです。

あなたは、あなたらしく、生きていたらそれでいいのです。












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