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浮世絵の絵具ー細工紅⑥

紅は紅花餅という、紅花花弁を発酵後乾燥させたものから、アルカリ液と酸液によって色を取り出します。

これまでアルカリ液には、クヌギとナラの木灰から取れる灰汁を使っていましたが、種々文献には一般に紅の抽出には、藁灰が用いられていたという記述が多く、またこれまで、中々思う色のものが作れなかったのですが、それは使用する灰が原因かもしれないとも思っていたので、今回は藁灰に使用を変更しました。(尚、文献上には藁灰以外にもアカザ灰や、また木灰の記述もあります。)

製法についても資料探しを続けていましが、その中で江戸時代の細工紅の製法について書かれた「彩色類聚」大関増業編1817年 に出会い、それをベースに今回は実験に取り組みました。但し、古い文献資料は、細かいところの説明がなかったり、実際にやってみると上手くいかなかったり、また材料をいかに無駄なく使い切るか、ということも知りたいところだったので、今回有力な資料は得れましたが、実験にはかなりの時間を要しました。(ネット等で検索するとわかりますが、色素を取り出すこと、それ自体はそんなに難しいことではありません。問題は紅花餅や灰といった材料を、無駄なく使い切れるかという事と、絵具用として、良い具合の色素を回収出来るかという事になります。)

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藁灰に湯を注ぎ、静置した後上澄み液を集め灰汁を準備します。

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回収した灰汁

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鳥梅の酸液を作っている様子

灰汁で紅花餅を絞って得た液に、鳥梅の酸液を加えます。この鳥梅も灰同様、一回の抽出では、鳥梅自体の有効成分を取り出し切ることは出来ないので、何度か使い回しをする実験をしました。(尚、足りなかった時は米酢も用いました。)ちなみに今回参考にした、江戸時代の文献には、剥梅というものを使うとあります。これは下に説明してある皮むきの事と思われます。

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実験の様子

細工紅作りは、紅花餅の質、灰汁の質、酸液の質、手順、気温等々様々な要因が絡みます。そのため数値化されたデータも大事ですが、各々での反応の様子を見ながら、臨機応変に対応する経験によるコツも重要だと、今回改めて実感しました。

結果的に今回は大幅に色味の改良に成功出来ました。

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集めた色素は乾燥させて保存し、絵具として使用する際は、梅の酸液で溶きます。これまでは市販の鳥梅から作っていましたが、「錦絵の彫と摺」石井研堂1929年 には「皮むき」と称する、梅の皮をむいて乾燥させたものを使うとあり、今回は季節柄それも作ってみました。(尚伝統木版画の古い技法について書かれた他文献、「日本製品圖説」高鋭一編1877年 には"うめむき"とあり、 「文芸類纂 巻八」榊原芳野編1878年には、"鳥梅むきうめ"と記述されています。)

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乾燥前 (未熟の梅を使います)

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皮をむいて乾燥させた後

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使用の様子。酸性度を高くするほど、絵具の黄色みが増します。

細工紅は既述のように、作る段階から絵具としての使用に至るまで、様々な要因で色は少しずつ異なってきます。150年以上前の色を再現するにあたり、この色が正解という一点は無いと思いますが、今回その目的とする色の、水準領域には到達出来たと思っています。

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実際に摺った例

紙への浸透性が高いので、あまり強くバレンで擦らなくても色が着きやすく、柔らかい色調が出ます。その一方で粘りがあるため、刷毛の筋やカスレは出やすいです。熱・光に弱く、経年により黄色みを帯び、やがて褐色へと変わっていきます。


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