浮世絵の素材ー和紙② 特注復元紙について(第一期目)


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高知県立紙産業技術センターと和紙職人田村亮二氏の協力のもと、江戸時代の浮世絵の復元紙「木灰煮米粉入奉書」が完成しました。自分の仕事の為だけの特注品です。既製品には無い多くの手間がかかるので、普通は製作依頼に応じてくれる人はいませんが、同センターの研究者の方が興味があるということで、協力して貰えたのは非常に幸いでした。
 一般的に浮世絵の復刻版には昔から「越前生漉奉書」という紙が使われています。(江戸時代の浮世絵の紙も基本的な部類は生漉奉書です。生漉とは楮100%という意味です。奉書とはオリジナルと復刻含め、浮世絵版画における使用範囲においては、紙質より寸法に依拠した名称と思われます。) これは高品質の和紙で美術品としての木版画を作るにはうってつけですが、江戸時代の浮世絵の紙と比較すると産地や紙の名称は当時と同じでもその品質は別物です。従来の復刻版のように美術品として良いものを目指すのであれば、この紙で良いのですが江戸時代の浮世絵の復元や再現を目指すのであれば、当時の製法・品質の紙は現代には無く一から作る必要があります。自分が一番作りたいのは科学的な根拠のある本当の意味での再現・復元であり、従来・既存の復刻とは目的や動機が異なります、
 ご存知の方もいると思いますが江戸時代の浮世絵の紙は、(基本的には生漉奉書の部類になりますが)、一通りではなく様々なものがありました。作品毎に原画を分析して、それに合った紙を作れたら理想的ですが、現状ではそれはできません。今回は事前に手持ちのオリジナル6点を同センターに分析して貰い、その結果と(同センターより提供して頂いた)サンプル紙をもとに、従来復刻に使われてきた生漉奉書には無いが、当時の浮世絵の紙は共通して持っていた製法や特長を押さえ、(ある程度)汎用的に使用できるものを目指し作って貰いました。
 特長としては
1原料の楮
江戸時代の浮世絵の紙の多くは、現代の愛媛県辺りを中心に地産の楮で作られていました。同じ種類かまでは分かりませんが、今回の紙は土佐楮を使用しています。現在の一般的な復刻版の紙には那須楮が使われています。那須楮は土佐楮よりも繊維が短いという特徴があります。

2原料の楮を煮る際に木灰を用いる。
紙の原料には楮の木の皮の内皮が使われますが、この内皮をアルカリ性溶液で煮て漂白していく工程で、現在は苛性ソーダやソーダ灰といった化学薬品の使用が主流です。江戸時代は天然の木灰の灰汁でした。木灰は漂白力は劣りますが繊維へのダメージか少なく、楮本来の風合いは生きると言われています。木灰の使用は溶液の準備、不純物の処理等、より多くの手間がかかります。

3米粉を入れる。
江戸時代の紙には米粉が混ぜられています。虫食いの原因になるため明治以降廃れて行き、現代の和紙全般においては殆ど見られません。米粉が混ぜられた理由としては、紙に白さや滑らかさが得られること、原料の増量剤となり、かつ楮より安価なため経済性が増したからといったことが挙げられます。

4薄手であること。
全てではありませんが江戸時代の浮世絵の紙は、現代の浮世絵の紙と比べると総じて薄いです。今回は事前の分析結果とサンプル紙との比較検討の上、厚みを決めました。

5紙を透かした時に簀目が見えること
江戸時代の浮世絵の紙は光に透かした時、大きな目(糸目)に交差するように細い目(簀目)が走っています。この細い簀目が現代の生漉奉書には、はっきりとは出ていません。これは紙を漉く際の、道具の違いに主な原因があります。今回の特注紙は一応出てはいるのですが、出方は弱く今後の課題となりました。

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漉き上がった紙は板干しと言われるやり方で乾燥して貰いました。板に貼って天日乾燥させるやり方です。現在の手漉き和紙の殆どは、ステンレス板乾燥機が使用されています。乾燥方法の違いでも風合いや強度に差が出ると言われています。

 これまでたくさんの復刻版浮世絵が作られて来ましたが、経年による変化を考慮しても、江戸時代のものとは情感や印象が違う気がします。それは昔と今とでの材料の差に大きな要因があると思っています。彫りや摺りの技術は訓練さえすれば基本的には誰でも身につくものであり、そこをいくら追求しても全く異なる材料の上では、浮世絵は蘇らないと思われます。(その目的は否定しませんが、伝統木版画・既存の復刻の業界で作られている、素材の解明を伴わない異なる素材での復刻というのは、「再現」の本筋・姿勢からはずれているように思っています。この事に関して版元さんの中には、当時と同じ材料を使い出来上がった当初のものを再現しています、というような説明をもって販売している所は普通に見られますが、それは嘘です。)

 材料の中でも特に紙は土台となるもので大きな問題です。今回の紙は課題が残り、完全に満足とは行きませんでしたが、すごく納得はしていて、大きな一歩になったと思っています。江戸時代の浮世絵の復元紙として説得力を持つために、特に重要な要素である「木灰煮」で「米粉入」、という条件はクリア出来ました。普通製作依頼をしてもこの条件だけで断られます。今回協力して頂いた方達からは更なる改良・前進の返事を頂いています。とても有難いです。

この紙は次回作の国芳の水滸伝から使用していきます。これまで作った作品も在庫が無くなり次第、順次切り換えていきます。

2018.11.5


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