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黒いサングラス(エッセイ)_20190811エルムS

僕ら小学生の仲間が右バッターボックスに入った。太陽が照りつけるだだっ広い中学のグラウンドはまぶしい。バットを持つ仲間の白いユニホームはさらにまぶしい。相手の投手が投げた球を打ち返した。ゴロが三塁手前にころがる。三塁手がおてだまをした。仲間は僕たち一塁側のベンチの前を疾走した。三塁手はボールを掴み直し、すばやく一塁に送球するが、時すでに遅し。仲間は悠々一塁を駆け抜けていた。
「よっしゃー!」
一塁側ベンチは活気づき、僕は拍手しようとした。
「アウト!」
背中を向ける一塁審判が右腕を高く上げ親指を天に突き上げる。
「えぇー」
明らかにセーフだ。
「今のセーフだろ!」
僕らの監督がベンチを立ち上がり、つけていた黒いサングラスの中心を指で押し込んだ。
青い服を着た一塁審判のおじさんが首だけ左後ろに向き、一塁ベンチをぎろっと睨んだ。
黒いサングラスも一塁審判のおじさんのほうを向いていたが、あきらめたのかベンチに腰掛けた。

監督は二十歳代後半で僕らのチーム名は「教会」がつくようになんらかの宗教がかったチームだった。キリスト教の一種だったのかもしれない。しかし、宗教への勧誘などはまったくなく、無宗教の僕も純粋に野球を楽しんだ。
僕らのチームは新聞に顔写真が載るような東京都の軟式野球で一番レベルの高い連盟に属していた。小学6年生になった僕はこの夏休みに、投手以外にも守れるようにと、一塁手の練習を丸一日かけてやらされた。おかげで力士のけいこで見かける股割りのように地面すれすれに大きく足を広げて捕球できるようになった。
東京都の大会の前に練習を兼ねて、僕らのチームははじめて地元の区の大会にエントリーした。
この日の1回戦の相手は地元で有名な優勝の常連チームだった。
はじめて見る僕らのチームの強さにおののいたのか、かなり太った相手の監督は僕らのチームをヤジるようになってきた。
すると、明らかに相手側をひいきするかのような審判の判定が相次ぐようになった。普段は審判に文句を言うことなどない僕らの監督も苛立ちを抑えきれなくなったのか、ベンチ内でぶつぶつ文句を言うようになった。
僕らのチームが守備についた。相手の打球をショートが捕球し、一塁を守る僕へ投げる。練習してきたように僕は右足をベースに乗せ、左足を大きくショートのほうへ伸ばし、アウトにした。
「セーフ!」
審判の声が頭の後ろで響いた。
僕はえっ、と振り向くと、漢字の「正」の字に似た無表情の顔がそこにあった。両手を大きく広げた一塁審判はまるで案山子のようだった。
僕らの監督もサングラスを外し、ベンチから出てきて一塁審判に叫んだ。
「完全にアウトだろ!」
三塁側からも相手の監督が腹をゆさゆさ揺らしながら出てきて、僕らの監督に向かって怒鳴った。
「審判の判定に文句を言うな! 子供の野球だぞ!」
それを聞いた僕らの監督は口を真一文字にし、踵を返してベンチに戻った。
――子供の野球だぞ! おとなの汚い世界を子供に見せるのか。スポーツは公平公正じゃないのか。
はじめて僕は忖度というものを目の当たりにした。

試合が終わり、グラウンドを後にした。僕は監督のすぐ後ろを歩いた。監督が振り向く。黒いサングラスが僕を見た。
「あんな大会はもう出ない。嫌なもん見せたな。おまえらはあんな汚いおとなになるなよ」
うなずき、あらためて監督の顔を見る。
黒いサングラスに僕の顔が映っていた。


◇◇
さて、本日はエルムS。
人気薄その名も⑨サングラスを狙う。
忖度も遠慮もなくゴール前、人気馬を蹴散らし、5着続きに終止符を打つ。


(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
〇小倉記念 ノーブルマーズ 5人気3着
〇ヴィクトリアマイル クロコスミア 11人気3着
〇大阪杯 ワグネリアン 4人気3着
〇中山記念 ラッキーライラック 6人気2着
〇フェブラリーS ユラノト 8人気3着 
〇共同通信杯 ダノンキングリー 3人気1着 
〇日経新春杯 ルックトゥワイス 5人気2着
〇中山金杯 ウインブライト 3人気1着

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