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返信できなかった日曜のメール(エッセイ)

線路を走る車輪の音がやけに大きかった。
電車で右隣に座る会社の同僚に私は顔を向けた。
「川崎さん、あの件どう思います、部長が提示した営業用のプレゼン内容。あれは開発が製品化した内容とはあきらかにちがいますよね」
「えっ、そうなんですか。でも上司がいいと言ったらいいんじゃないですか」
「そうですか・・・」
彼とは話が続かなかった。
2人で横浜の企業を訪問し、夕方6時を過ぎて直帰を許された。
横浜駅から東海道線に乗り、東京駅まで行く彼とは別れ、私は川崎駅で乗り換えようとしていた。

私は今の会社へ中途入社した。その2年前に入社した彼は会社の先輩になるが一回りも離れた若者だった。私は業界の経験と知識を買われて入社したが、会社のためにと思って意見するたび、上司や雇われ社長の反感を買っていた。現在の役職にあぐらをかいている彼らにとって、私は煙たい存在にすぎなかった。もう私はこの会社に長く居ることはできないとうすうす感じていた。しかし、隣に座る彼は業界の経験も知識も少ないが、会社からは若いという理由だけで評価が高かった。彼は典型的な太鼓持ちだ。
私は若い人を応援する気はあるが、若いというだけで応援はしない。常識を疑い、好奇心旺盛に飛び回る人が好きだ。その点、彼、川崎さんは若いのに年寄りみたいに見えた。
≪次は川崎、川崎です≫
車内アナウンスが聞こえた。
私は笑みを浮かべ、もう一度、顔だけ右に向けた。
「川崎さんの苗字は川崎市とはなにか関係あるんですか」
「いや、なんもないっすよ」
「ですよね」
言うに事を欠いたとはいえ、つまらない質問をしてしまった。
「それでは、失礼します」
私は立ち上がって網棚からカバンを取り、座っている川崎さんに一礼し、電車を降りた。
≪ご乗車、ありがとうございました。川崎、川崎でーす≫
サラリーマンやOLの帰宅で2番線ホームはごった返していた。
私の前を遮るようにスーツ姿の男が斜行してきた。うしろの人のくつが私のかかとを蹴り、危うく躓きそうになる。
私は以前勤務していたITの会社にも川崎さんという同僚がいたことを思い出した。たしか川崎さんの携帯番号はまだ私の携帯に残っていたはず。彼の声が聞きたくなった。
その場で踵を返し、人の流れに逆らってホームの端を目指す。徐々に人の数は少なくなり、電車は静かな音を残して走り去った。ホームの端にたどり着くと、今までが嘘のように人影が見えなくなり、二羽のすずめの鳴き声が響いていた。
携帯を取り出し、以前の会社の川崎さんの電話番号を探す。

5歳下の彼は私が獲ってきた仕事をハンドリングしてくれていた。仕事がはやく、しかも丁寧な業務運びに私は尊敬の念を抱いていた。
しかし会社は大きな資本により吸収されようとしていた。吸収する側から来た役員は毎日、社員を恫喝していた。人材を入れ替えようとしているのはあきらかだったが、あまりにも下手くそな追い込み方に私は辟易としていた。
川崎さんもリストラの標的となっていた。いつも優しく微笑みながら話してきた川崎さんは目が泳ぐようになっていた。怒号が響く役員室から出てくる川崎さんは日に日に魂が抜け出ていくような気がした。当時、業務委託の身だった私は彼になにもしてやることができなかった。
ある日曜日を境に、川崎さんは姿を消した。
誰もいない会社で机を整理したらしく、業務を引き継ぐことなしに突然いなくなった。
しかし私の案件はしっかり段取りされていて、日曜日の日付のメールが私の受信フォルダに着信されていた。そのメールはいつもとなんら変わらない報告と確認のメールだった。

≪まもなく、2番線に東京、大宮方面行き、東海道線がまいります≫
あのとき、返信できなかったメールを思い出す。彼の携帯の電話番号も知ってはいたが、当時はこちらからかけ辛く、そっとしてやりたかった。
数年たった今、幼い乳飲み子を抱えて、姿を消した川崎さんを思い浮かべると、居ても立っても居られず、彼の声が聞きたくなった。電話が通じた。
「はい、居酒屋○○新橋店です!」
「・・・もしもし、川崎さんですか」
「・・・・・・」
「ご無沙汰しております、こちらは以前、会社でお世話になった〇〇です」
「・・・あぁ、〇〇さん。その節はどうも・・・・・・すみませんでした」
その声の背後から≪煮込み、一丁!≫と威勢の良い声が聞こえる。
「お元気でしたか」
「はい、なんとか。〇〇さん、あのときは・・・」
「お子さんは何歳になられましたか」
「小学2年生です」
「ああ、大きくなられましたね」
川崎さんは生きていた。それでもう十分だった。その声を聞けただけで胸がいっぱいになった。
「日曜のメール、確認しました。無事案件を納品できました。川崎さんのおかげです。ありがとうございます」
「・・・・・・」
「それでは、また!」
急いで電話を切った。
川崎さんの忘れたい過去を呼び覚ましてしまったことに気づき、後悔した。

すずめが二羽、ホームから飛び立つ。
電車が爆音をとどろかせながら駅に進入してきた。
≪ご乗車、おつかれさまでした。川崎、川崎でーす≫


◇◇競馬予想
さて、本日はオールカマー。
④グレイルを狙う。
地方馬が招待されなくなり、とてもさびしいレースとなったオールカマー。
以前は地方馬のジョージモナークやハシルショウグンが活躍した。あの頃は期待した雑草魂の下剋上が実現し、興奮したものだった。今年も地方馬参戦はゼロ。そこで、せめて騎手にはグレイルに騎乗する地方競馬出身の戸崎騎手を応援したい。

(勝馬投票は自己責任でお願いします)

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