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仏の顔も三度まで(エッセイ)

ブー、プツッ!
机の上に置いてあるスマホの着信音が鳴った。と、同時に切れた。
スマホを手に取り、着信画面を見ると、友人の名前が表示されていた。
こちらから電話をかけ直したあと、スマホをベッドに放り投げた。
買ってまだ二か月のスマホに私はうんざりしていた。
着信音が一回鳴って切れることが相次いでいた。かつてのワン切り迷惑電話はもう流行っていない。スマホの受信機能の故障に違いなかった。電話をかけてくる友人や仕事先の相手にも失礼だ。
購入した携帯ショップに四度目の不具合を訴えに行こうと決心した。

このスマホは買い替えてすぐトラブルに見舞われ、これまですでに三度も携帯ショップに掛け合ってきた。しかし、ことごとくその訴えは跳ね返された。
まず、購入翌日に充電がすぐなくなることに気がついた。夜中に充電し翌朝二時間もしないうちに、充電の半分がなくなった。
これでは、スマホでなにもできない。
すぐに携帯ショップに不具合を説明し、初期不良ではないかと訴えるが、こんなもんです、の一点張りで相手にされない。
こちらも5千円の買い物ならあきらめもするが、5万円以上の買い物だ。簡単に引き下がるわけにはいかない。押し問答の末、結局、電池パックだけを交換し、経過を様子見するということになった。
しかし症状は同じだった。あらためて携帯ショップに行くが、どうしても初期不良と認めたがらない。結局二度目も丸め込まれる状態ですごすご帰ってきた。店側の対策はオプションの携帯アプリやその他のアプリで不要なものをすべてアンインストールし、バッテリーの消耗を抑えようとするものだった。が、多少充電が持つようになっただけで、相変わらずスマホで楽しむことはできないし、ましてやおもしろそうなアプリをおいそれとインストールするわけにもいかなかった。
スマホは私にとってただ持ち歩いているだけのアクセサリーにすぎなかった。
それでも高いお金を出して買ったスマホだ。愛着もわいてくる。
電気屋さんに行って、スマホのケースカバーと液晶保護フィルムを購入し、多少の衝撃に耐えられるようにして、液晶画面に丁寧に保護フィルムを貼った。
少ない時間だが、音楽も聴くようになった。
しかしほどなくして、今度はスピーカーに不具合が発症した。イヤホンなしでは聴けなくなったのだ。
購入した携帯ショップに三度目の不具合の説明に向かった。店内で症状を説明しようと、音楽をかけイヤホンで音を確認したのち、イヤホンを取った。
ほら、このとおり・・・と、言う前にスマホから聞こえないはずの音楽が流れているではないか。不思議だ。いままで散々いじってきたが、イヤホンを外すと、うんともすんとも言わなかったのに。なぜなんだ。
私は首をひねりながら携帯ショップをあとにした。
これでは私は単なるクレーマーだ。たぶん、お店のブラックリストに名前が載っているんだろうな。でも嘘はついてない。やましいことなど何一つしていない。
自分に言い聞かせるのが精一杯だった。

この日もスマホの着信が1回鳴って、すぐ切れてしまったので、友人にかけ直した。友人に不愉快な思いをさせてしまった。ずっとスマホの電話の受信機能が不具合を起こしていた。
さらにまた音楽もイヤホンなしでは聞こえなくなっていた。
ベッドから放り投げたスマホを取り上げ、購入後二か月で四度目の携帯ショップに向かった。いつもここは二時間、三時間と待たせる。どこもかしこも混んでいるあの携帯ショップだった。この日も当分自分の番は来ないようだ。
読みかけの本を読む。イライラしてきた。ちらちらカウンターのほうを見るが、客が一向に入れ替わらない。気がつくと、自分の足は貧乏ゆすりをしていた。本を最後まで読み終える。その時、自分の番号が呼ばれた。
カウンターに立つ女性店員さんは初めて見る顔だった。となりのテーブルにはこれまでやりあった女性店員がいた。内心ホッとして、席に着いた。私はスマホの受信機能の不具合を説明した。女性店員が一通り話を聞いて、提案してくる。
「それではためしに、わたしの携帯からあなた様のスマホに電話をかけてみますね」
「はい、お願いします」
ブー、プツッ!
ほら、症状が出た。この症状だ!
内心、ようやく勝った、と思った。
女性店員がスマホを縦にしたり横にしたりしながら、不思議そうに原因を探している。
「それでは、少々お待ちくださいね」
そう言うと、女性店員はスマホを持ち、店の奥に引っ込んで行ってしまった。
やはり、初期不良だったんだ。最初から新品と交換しておけば、お互い嫌な思いをせずに済んだのに。しかもここへ四度も来て、時間の無駄だった。文句の一つも吐きたくなった。
女性店員がスマホを手に持ち、やってきた。
「あのー。保護フィルムを貼られていますよね」
「はい」
「これ、いったん剥がしてもよろしいですか」
「はい、結構です」
すでにスマホの四隅の一角からフィルムが剥がれかけていた。店の奥で剥がせる状態にしてきたのだろう。女性店員の小指の長い爪が画面とフィルムの間にめり込んだ。
ピー、ピリッ!
保護フィルムを完全に剥がして、スマホをテーブルに置いた。
「もう一度、わたしの携帯から電話をかけてみますね」
「はい」
ブー、ブー、ブー・・・
あっ、電話が切れない。女性店員が目配せする。
私はスマホを手に取り、受話器のボタンを押した。
「通じましたね・・・。フィルムが悪かったんでしょうか」
女性店員は自分の携帯をテーブルに置き、私のスマホを持って、画面の四隅の一角にもう一度小指の長い爪を立てた。
えっ!?
ピー!
「はい、お客様はフィルムを二重で貼っていたようです。だから受信が途切れてしまったんだと思います」
「スマホを買ったらフィルムを貼るもんだと思ってまして・・・」
「はい、無理もありません。初期の段階からわからないくらいの薄いフィルムが貼られていたんです。これを剥がして、ご購入のフィルムを貼れば、問題ないと思います」
「そ、そうですか。すみませんでした」
顔から火が出た。目の前の女性店員をまともに見ることができなかった。
そうだ。思い出した。スピーカーこそ、二度目の不具合だ。
「じつはまた、スピーカーが不具合を起こしたようで・・・」
私はスマホの音楽をかけた。聞こえないはずの音楽がまた流れてきた。
うそだろ。どうしてこの店に入ると、イヤホンなしで音が聞こえるんだ。
キツネにつままれたような気分だった。
目を上げると、女性店員がこちらを見ていた。
「どうされましたか」
「いや、前回もイヤホンなしで聞けなくなって、この店に入って音楽をかけたら音がして・・・」
「そうですか。スピーカーから音が流れてますね」
私は恥ずかしくなり、もうおしまいにしようと思った。スマホに自分で買ったフィルムを貼り直して胸ポケットにしまい、椅子から立ち上がった。
店中の店員が自分を見ているような気がした。顔が火照る。
となりの顔見知りの女性店員の、またおまえか!という顔が脳裏に浮かぶ。となりにいるその顔を直視することができなかった。
早く店を出たかった。挨拶をして、出口に向かう。
背中におおきく≪クレーマー≫の字の入ったシャツを着ているかのようだった。
どうしてこうなった!?
「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ」
池乃めだかさんのセリフが頭に浮かんだ。


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