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おかど違い(ショート小説)_20190728アイビスSD

まだ熱気のこもる日曜夕方、僕はTシャツにハーフパンツでウォーキングに出かけた。
この世から太陽が消えてしまったのかと思うほどの長梅雨の中、久しぶりに太陽のシャワーを浴びる。僕にはストレスが溜まっていた。

茨城県の高校を卒業後、僕は地元のメーカーに勤めた。しかし30歳を過ぎたあたりから上司に度重なるパワハラを受けるようになった。僕はそれに嫌気がさし、縁あって、1人暮らしをしながら東京のメーカーに転職した。
しかし、転職先で歓迎されたのも束の間、その後に待っていたのも不遇なあしらいだった。周りは大卒のエリートばかりで、鼻につく嫌味を言われたりするようになった。
同僚の大阪人からはノリが悪すぎるとバカにされ、上司の東京人からは訛りを笑われた。
さらによく言われたのが、今どき太郎次郎はねえよ、おまえには個性がない、と。
僕は名前が太郎で、弟は次郎だ。父が映画『南極物語』が大好きで、そこに出てくるタロ・ジロという犬の名前からもらって僕ら兄弟を名付けた、とよく父は語っていた。しかし僕は犬の名前かよ、と小さいころからあまり好きになれなかった。さらに現在周りから言われるように、今どき太郎次郎は恥ずかしい。僕に個性がないのは名前のせいじゃないかとさえ思っている。転職しても、太郎という名前はくっ付いてくる。心機一転になりゃしない。

僕は同じルートで毎週土日、遠くの公園までウォーキングをしている。
ちょうど公園までの中間地点にさしかかった。あたりは閑静な住宅街だ。ここの角を曲がると、人通りは少なくなる。道の両側は垣根で覆われる一軒家が多くなった。ある一軒家が見えてきた。垣根の手入れが行き届いた静かな家だ。この家の垣根の中には雑種の犬がつながれて飼われている。毎週ここを通るたびに、僕はこの犬に吠えられた。静かな住宅街に「ワン、ワン、ワン!」という鳴き声が響き渡る。そのたびに心臓が破裂しそうなほど驚かされた。
この垣根の家に一歩一歩近づく。静かな住宅街ももうすぐ犬の騒音で包まれる。僕はうるさいのが嫌だし、毎回驚かされるのに腹が立った。きょうこそ反撃しようと思った。
あの犬の家の隣の家に来た。スピードを落とし、静かにそろそろ歩く。息をする音さえ響き渡る。あの垣根の前に出た。垣根の隙間から覗くと、あの雑種の犬が黒ずんだ土にあごをピタッとつけて涼んでいた。
いまだ!
「ワン、ワン、ワン!」
僕は大きく口を開け叫んだ。眉間にしわを寄せ、おっかない顔をしていたかもしれない。
まどろんでいた犬が驚き、立ち上がって「ワン、ワン、ワン!」と叫び返した。
作戦成功。
住宅街が犬の鳴き声で充満する。吠え続ける中、僕は足早に垣根の家を通り過ぎた。
きょうは僕があの犬を驚かせた。ざまあみろ。

公園の手前の閑静な住宅街に、大きな庭をもつ三階建ての豪邸が見えてきた。
そこから年のころ40歳過ぎのマダムがちいさな犬を連れて通りに出てきた。彼女は膝丈のブルーを基調とした花柄のワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。大きなツバの麦わら帽子から垂れる長い黒髪がわずかに風になびいている。彼女は通りの左側の日陰を選んで歩いていた。
東京の奥様は犬の散歩にもこんなしゃれこんだ衣装で外出するのか。
リードでつながれたちいさな犬は毛並みを整えられた真っ白なマルチーズだろうか。
人もセレブなら犬もセレブだ。
僕が歩く同じ方向の10m先を女性と犬が歩いていた。
犬がなにかを見つけたのか、通りの日の当たる右側に置かれた植木鉢の方へ走っていった。
リードが長くなる。
「ぽん助! だめよ!」
女性がやさしく叫んだ。
ぽん助。
ぽん助。
ぽん助。
ぽん助。
ぽん助。
ぽん助。

僕は笑いをこらえながら彼女とぽん助を追い抜こうとした。
彼女は顔をこちらに向けた。色白で細面の美しい顔がそこにあった。彼女が口を開いた。
「ごめんあそばせ」
僕はこくりと頭を下げて、歯を食いしばりながら、彼女を通り越した。
ぽん助。
顔を上げると、静かな住宅街の向こうに緑豊かな公園が見えてきた。
もう夏を待ちきれないとばかりに、セミが鳴いているのに気がついた。


◇◇
さて、本日はアイビスSD。
⑰フェルトベルクを狙う。
夏は牝馬。上品な牝馬が夏の直線を駆け抜ける。

(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
〇ヴィクトリアマイル クロコスミア 11人気3着
〇大阪杯 ワグネリアン 4人気3着
〇中山記念 ラッキーライラック 6人気2着
〇フェブラリーS ユラノト 8人気3着 
〇共同通信杯 ダノンキングリー 3人気1着 
〇日経新春杯 ルックトゥワイス 5人気2着
〇中山金杯 ウインブライト 3人気1着

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