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ピースボート2017~8年ニューイヤーショートクルーズ乗船体験記

 ピースボートを知ったのは中学生くらいのことだと思う。我が家は一風変わった家で、普段は早く寝ろと言われるのに、田原総一朗氏司会の「朝まで生テレビ!」だけは、親子揃って徹夜で見ることを許されるような家だった。その内容について親子で喧々諤々の議論をするというのが、毎月の恒例だった。自分の思想や物事の考え方、価値観は、この家庭環境で養われたと言っていいと思う。ちなみに、新聞はもちろん、ずっと朝日新聞(笑)。
 その朝生に毎度のように出てくる女性が居た。ピースボート代表、辻元清美氏。これが自分に取ってピースボートを初めて知るきっかけだったと思う。

 大学に入るとポスターが貼られていた。干ばつに苦しむ北朝鮮に緊急コメ支援をしようという一週間ほどのツアーがあって、参加を考えたこともあるが、結局、行かなかった。今はこれに参加しておきたかったなあと思うが、当時はそれほど海外に興味がなかった。もったいないことをしたと思う。

 大学を出てからバックパッカーとして海外に足繁く通うようになったが、東南アジアやインドであれば、50万円もあれば余裕で1年間、滞在することが出来る。だがピースボートの世界一周クルーズは、約100日間で最低でも110万円ほどが必要になる。バックパッカーとして安価に海外に滞在できることを知ってしまうと、ピースボートの参加費は、あまりにも高い。(若者ならポスター貼り等の労働を提供する以外にも、大幅な割引で一泊1万円を下回る金額で乗る方法もある。自分がもっと若ければねぇ……はぁ)
 古市憲寿氏の『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)』に描かれる船内の人間模様はとても興味深く、「他の旅人との交流」をバックパッカーの最大の目的としてた自分の感心とも一致はし、ますます興味を持つようになったが、2つを天秤にかけると、費用対効果ということで、ついついバックパッカー旅行を選んでしまうということが何年も続いた。
(ちなみに古市憲寿氏、その後、後述する「水先案内人」として、ピースボートに乗船している。この本はピースボートについて好意的に書いてるとはとても言えない本なので、そんな本の作者を水先案内人として招待するなんて、ピースボートやるじゃん、という気がする。)

 その間、急速に広まるインターネット掲示板やSNS界隈では、ピースボートはすっかり「左翼」の船という評判が広まっていた。北朝鮮に送金してるだ、船内では左翼思想の洗脳が行われるだ、なんだかんだ。左翼を自覚してる自分としては「望むところ」なので、いつか乗ってみたいという思いだけは、少しずつ大きくなる一方だった。

「若者の船」ピースボートに乗る機会もないまま、気づいたらもう40代。そんなおり、ピースボートがショートクルーズを行ってることを偶然知った。町中のポスターしか見てないと、世界一周しかやってないような印象を持ってしまうんだよね(笑)。
 年末年始、8泊9日で、諸経費込みで約10万円。いまでも世界一周分の費用を出すことは正直言って難しい立場なのだが、これなら行ける。そう思い、申し込んでみることにした。

 2017年12月28日、横浜大桟橋。80リットルのバックパックを引きずって行ってみると、見事なばかりにおじいさんおばあさんだらけ。年末年始ということで家族連れもそこそこいたし、いわゆる若者はいないわけではないが、決して多数派とは言えない感じだ。 
 後に聞いたところ、今回はピースボート史上最大の、約1100人の乗客を集めたが、そのうち100名が20代前後の、いわゆるヤング。100名が中学生以下の子供。残りは高齢者。自分のような40代、30代は、そもそも層を構成できるほど乗っておらず、微々たるもののようだった。船内で知り合った同年代のリピーターが「年末年始ならもっと同年代も乗ってると思ったのに」と残念がっていたが、自分も同感だった。20年前は若者が7割8割だったのに、それがいまや逆転してしまったわけだ。

 今回のクルーズは横浜から台湾の基隆と沖縄の宮古島に向かい、横浜に戻ってくるルートだ。それぞれ行きと帰りにまるまる二日間ずつ、海の上で過ごす日がある。日本近海のクルーズだと毎日のようにどこかに寄港するせわしないクルーズが多いようだが、「船内企画」に自信を持つピースボートは、クルーズ自体を満喫できるような日程にすることが多いようだ。自分はピースボート自体に興味を持ち参加したわけで、これはありがたかった。

 横浜港の桟橋に紙テープを投げ、ドラが鳴る中、出港。横浜ベイブリッジを通過したら、早速船内企画がスタートした。はじめて乗る人向けの船内の案内からスタートし、毎日のヨガに太極拳に社交ダンス……。このあたりはほかのクルーズでもよくある企画だと思うが、サヨクの船とネットで揶揄されるピースボートは、社会派の企画が多いことが特徴的だ。
 過去に筑紫哲也氏や鳥越俊太郎氏などが乗船したことで有名だが、彼ら専門家のことを、ピースボートでは「水先案内人」と呼ぶ。今回は東京新聞やニューヨーク・タイムズの記者、週刊誌記者、災害ボランティアの専門家、税理士といった人が乗っていた。ヨガや太極拳、世界遺産の専門家、英語教師、在日コリアンの大道芸のパフォーマー、役者、こんな人達も乗っていた。だが個人的に心躍ったのは、グレートジャーニーの関野吉晴先生が乗っていたことだ。フジテレビ系列で年一回くらいのペースで放送されていたグレートジャーニーは大好きな番組で、毎年新作を心待ちにしていた。まさかその関野先生が乗ってらっしゃるとは夢にも思ってなかったので、とても嬉しかった。

 ではこれらの企画が「サヨク臭」があるのか? と言うと、そうでもない。
 これはやはり、若者の船が今や「高齢者の船」になってしまってること、これが最大の原因なのだと思う。あえて言うなら、いまやピースボートは日本でもっとも安価に世界一周できる船「でしかない」。かつ、世界的に見ても珍しい、一人で参加することを容易にする四人相部屋のシステムは、知人友人を作りやすくする効果を持つ。独り身だと他の船では追加料金を払って一人部屋を寂しく使うしか無いのに、ピースボートなら相部屋で知り合う機会を持てる。それは嫌だ、ピースボートでも出会いはパブリックスペースだけでいいという人は、お金を払ってシングルにすればいい。そもそも他の船には四人相部屋というシステム自体がないのだ。
 もちろん夫婦や家族連れで参加できる部屋構成や、システムも充実している。未就学児は無料だ。
 貧乏というほどではないが豪華客船で世界一周をするほど裕福でない、だが、無理して働かねばならないほど貧乏でもない中堅の高齢者にとって、「意義のある暇つぶし」をたやすく実現することが出来るシステムなのではないかと感じさせられた。
 社交ダンスの時間は着飾ったおじいさんおばあさんでいっぱいだ。若者が参加してる姿はほとんど見かけなかった。麻雀や囲碁将棋も高齢の方でいっぱい。そのなかに親子4人で卓を囲ってる家族なんかは、なかなか微笑ましかった。

 廊下を歩けばどこもかしこもおじいさんおばあさん。その中を20代30代のピースボートスタッフが忙しそうに動き回り、彼らの世話を焼く。杖をついて一生懸命歩いてる人を頻繁に見かけるのは、普段のバックパッカー旅行ではあまり見かけない「旅人」の姿だった。

 友人知人を作りやすくするシステム、と言っても、誰もがそう簡単に他人と仲良くなれるものでもない。最終日になっても食堂で一人で御飯を食べてる人は男女問わずいたし、海を見ながら読書をし続けるだけの人も、何人もいた。自分もそれなりに仲の良い人は出来たが、そこまで劇的に仲良い人が出来たか、と言うとそうではないし、誰かれ構わず話しかけ……というのも、自分にはなかなかできなかった。そういうことが出来る「コミュ力おばけ」みたいな人をうらやましく眺めるくらいしかできなかったのも、事実だ。

 こういう人間にとって船内企画の充実はありがたかった。ほぼ間断なく時間差で実施される複数の企画にあれこれ参加してれば、それで一日が終わるからだ。もしこれが普通の船で、ダンス、演劇、パフォーマンスと、いわゆる「エンターテインメント」系ばかりだと、自分には居場所はなかっただろう。だがここはピースボート。「社会派」系が充実している。東日本大震災支援をテーマにした演劇、マスコミ報道の問題を問う、引きこもり問題を考える、人類の旅・グレートジャーニーを追う、在日コリアンの日々、などなど。これらの企画ではいろいろ学ぶこと、考えさせられることも多かった。だがどれも、特に押し付けがましいものは無かったように思う。いわゆる「洗脳」なんてことはなく、むしろ「ピースボートは洗脳するとか言われてますけど(笑)」みたいにスタッフ自らネタにしているほどだった。

 というか、そういうものに興味が無いなら、参加しなければいいだけの話なのだ。麻雀や社交ダンス、夜の映画(スター・ウォーズなどが上映されてた)だけに参加してれば、思想も何もあったもんじゃない。ただのクルーズ船だ。そのへんを割り切って参加してる高齢者も多かったように思う。

 また、「自主企画」と言って、自分で企画を立ち上げることも出来るのも、面白いところ。今回は何も用意してなかったのでできなかったが、もしまた乗ることがあれば、シンギュラリティ・技術的失業、ベーシックインカム、バックパッカー、外こもり、こんなテーマでいろいろやってみたいと思わされた。

 食事は夜は2箇所、朝昼は3箇所から選ぶことが出来る(早朝のモーニングコーヒー、おやつのアフタヌーンティーも加えれば、一日5回)。ハシゴすることも出来る。これがなかなか美味しく、夜は気軽に食べられる丼ものもあれば、並べられたフォークとナイフを外から使うようなフルコースディナーも用意されており、むちゃくちゃ充実していた、と言っていいと思う。

 早朝から深夜まで営業しているバーもあれば、ピアノや生バンドが聞ける夕方から営業するバーも複数ある。昼までは食堂として使われていた後方デッキのスペースは夜は「居酒屋波へい」として営業され、お酒やおつまみ、お寿司まで嗜むことが出来る。個人的にあまりお酒を飲まないのでそこまで利用することはなかったが、終電を気にせず、徒歩数分で皆が部屋まで帰れる環境というのは 飲ん兵衛にとってはたまらない天国だろう。毎晩のように飲み明かしていた人もたくさんいたようだ。

 一般的なクルーズ船ではフォーマルナイトと言って、タキシードやドレスを着るのを前提とするような企画が設けられることが多い。個人的にこういう堅苦しいものは大嫌いかつ苦手なのだが、実はピースボートにもそういう企画が用意されている。出港二日目の船長によるウェルカムセレモニーや、ディナーだ。だがこれは、ピースボート。着飾った人も居るが、そんなこと一切気にしない普段着の人もたくさん。そういう人が気軽に乗船できるクルーズ船としても、ピースボートは機能しているように感じた。

 基隆と宮古島、この2箇所の寄港地では、短い滞在時間を有効に活用するためのツアーが用意されており、桟橋にバスが待機していたりする。だがこれに参加せず自由にその辺を歩き回るのも自由だ。
 年越しは基隆で、多くの人は台北101の年越しビル花火を見に行ったようだが、自分は基隆の夜市に行ったり、船内のカウントダウンイベントに参加して時を過ごした。

 宮古島では船内で知り合った人とレンタカーを借りて島をグルっと回った。これはなかなか楽しかった。個人的に大好きで、日本では沖縄にしかないハンバーガーショップ、A&Wの名物「ルートビア」を飲めただけで満足だった(笑)。

 わずか8泊9日のクルーズとはいえ、インターネットに繋げられない時間はそれなりに多かった。2100円で100分間ネットに繋げられるサービスもある。速度もそれなりに早い感じがした。速度は測り忘れた(笑)。だが、1分21円という価格は、やはり高く、気軽には使えない。衛星回線を使うのだから国際線の機内wifiと同じくらいの価格なのは仕方ないとは言える。だが陸上ではネットに24時間つなぎっぱなしの生活に慣れきってる身からすると、この環境はなかなかに過酷だった。

 これを「デジタルデトックス」と割り切って過ごすのもありだし、それを楽しむのもありだろう。中には携帯が鳴らなくなる、堂々と電話を取らないで済む口実が出来ることを最高だと言ってる人も居たが、奄美大島沿岸や紀伊半島沿岸など、陸の近くを通過すると電波が弱いながらにも入るので、そういう時を狙ってネットをしてる人は、自分以外にも何人も見かけた。
 最近はJALやANAの国内線のwifiが無料になってきている。これはいずれ国際線もそうなるだろうし、いつかは、クルーズ船にも波及するだろう。価格が下がっていって、最後は無料……? このあたりが気になる人は、その時期が来るのを待ってクルーズ船に乗るのもありだろうとは思う。

 さて、自分がもう一度ピースボートに乗ることは有るか? と考えると、「あり」だと思う。他の人と仲良くなる、コミュニケーションについてはもっとがんばらないとだめだなあと感じたが、普通のクルーズ船にはない、ちょっと左チック(笑)な企画の充実は、そういうことに興味を持つ人間にとって、最高の空間だったと言っていい。普段それらのイベントに参加しようとしたら、土日に公民館に行くとかそれなりの手間がかかるけど、これなら同じ船の中で毎日のようになにかしらやってるんだもんね。船室から数分の距離で。
 企画の後にベーシックインカムについて熱く語るとか、他のクルーズ船で出来るのかどうか……あやしいものだよ(笑)。
 そういうのに一切興味がないと割り切って参加するのも、十分に可能だと思う。企画への参加強要のようなものは一切、無かった。早起きしてラジオ体操やって麻雀やってジムで汗流して読書してフルコースディナー食べて社交ダンスで踊るだけなら、本当にただの、一般的なクルーズ船の日常だ。そういう過ごし方をすることも十分に可能な環境だし、いまや高齢の参加者達が経営を支える大黒柱であるピースボートにとって、そういう過ごし方ができる環境にしておくこともまた、彼らが生き残っていくための戦略なのだろうと、感じさせられた。

 最後に……ピースボートの特徴は、おそらく、そのリピート率の高さだと思う。自分が会った中での最高記録は、ピースボートで世界を9周している、80代の女性だろうか。だが9周ということは、1000万円、おそらくは2000万円近くを、このピースボートに使ってることになる。9周はともかく、2周3周してる人は、何人も居た。地球一周は時間が取れないので無理、ショートクルーズだけのリピーターも何人も居た。
 ピースボートは安い。だが、いくら安いと言ったところで、それなりに高いのも事実なのだ。実際自分は、余裕で1年以上海外に滞在可能な金額をわずか三ヶ月で消費する世界一周クルーズには、未だに乗れていない。この一週間あまりのクルーズの費用、約10万円だって、これだけあれば、タイやインドで一ヶ月二ヶ月は暮らせるだけの金額になる。というか、日本でも必死に切り詰めて生活してる人、一ヶ月分の生活費と近い金額なのだ。

 そういう意味では安さ気楽さを売りにするピースボートは、実は決して、安くはない。老後に地球を9周もできるおばあさんがいる現実もあれば、年金だけではまともに暮らせず、70代になっても働き続けねばならない高齢者が居るのもまた、事実なのだ。
 船内企画も、左翼界隈で必須と言っていい「貧困」問題を中心に取り上げてるものは、今回は見当たらなかった。被災地支援や引き込もり支援、海外の途上国支援のようなものには視線は向くが、この空間は、こと日本の貧困からは遠いところにあるように感じたのもまた、事実だった。

 ピースボートは最初は早稲田大学の学生たちが「船で世界の諸問題を見に行く」という、ノリとネタではじまった企画だった。世界一周もしてなかった。それがいまや、高齢者を主なお客さんとし、そこまで豪華でもないけどそれでも必要十分に豪華かつリーズナブルな世界一周クルーズを企画し、スタッフには小卒からケンブリッジ大卒までおり(そういうトーク企画があったのです)、過去の経緯から社会問題も取り扱い、災害があればボランティアを派遣し、一人でも気軽に乗船できるという、世界でも稀有な旅行会社? ボランティア団体? NPO・NGO?として、奇跡のようなバランスで存在している。それ自体がとても面白く、興味深い事実だと思う。

 さてさて、時間はいくらでもあるけど、金のない自分は、どうやって世界一周の金を工面しようかね……。といっても何年後になるかわからないけど、再び乗る気は、大いにありますよ。

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