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 夜の部も盛況だった。敏史の家からは両親に加え、妹さんや初代局長の妻で「敏史が三代目を継ぐまでは死ねない」が口癖だというお祖母ちゃんまで勢揃いだ。エルも来てはいたのだが、さすがに座敷に上げるわけにもいかず、玄関で文字通り下足番をしていた。傍らで大きな蚊取り線香が煙っている。犬には蚊が大敵らしく、訊いてみたところ自宅でも夏の夜は室内で過ごすそうだ。
 現局長は住職と話し込んでいた。赤ら顔で敏史には似ていない。太めで、さかんに汗を拭いている。こういう村ではお互い名士であって、家族ぐるみの付き合いは本当のようだ。尚美ちゃんの姿は見えない。住職も前半だけ聴いて出て行った。宿坊の準備があるのだろう。
 仲入り後のネタは「子別れ」。僕は上の「強飯の女郎買い」を無事に済ませて中の都につなぎ、尚美ちゃんを手伝いに行った。
 再び会場に戻った時には、下の「子は鎹」も佳境に入っていた。客席の後ろからそっと覗く。敏史一家もベニーの演じる子供に聞き入っている。敏史の隣に座ったおばあちゃんの肩が震えていた。
 もうすぐ切れる。僕はその前に用を足しておいた。
「えっ、おいらが鎹かい? あ、それで昨日おっ母ぁが、玄能でぶつと言ったんだ」
サゲと同時に追い出し太鼓が鳴った(残念ながらCDである)。僕はお客様を見送るため出口に立つ。ベニーと都が駈けつけて来た。
 緊張を解かれた開放感と心地よい疲労、それは我々演者だけのものではない。落語においては聴く方も同様なのである。
 宿坊へ向かう遠来のお客様、玄関に進む近隣のお客様、交錯するざわめきと温くなった夜風。夏の匂いがした。
 と、それに不似合いの慌しさを纏って、住職が早足で人込みを抜けて来る。局長を見つけ何か囁くと、今度は二人が同じ空気と共に奥に消えた。周りの人は殆ど気付かない。いや注意を向けない。その空気を吸って吐き出しただけだ。それがこの土地で生きていくコツなのだろう。
 何が起こったのかは、遅い夕食を運んで来てくれた尚美ちゃんから都が聞きだした。彼女は言葉少なく、郵便局に泥棒が入ったらしいと告げた。一家全員がここに来ていたので、責任を感じると付け加えた。我々は口々にそんなことはないと慰める。
 本来ならゆっくり、そしてたっぷり呑む予定ではあったものの、当然そうもしていられない。しかしなるべく気付かない風を装うことが、この場合の礼儀であるのは、さっき学んだばかりである。我々はおかずの残りをつつきつつ、差し入れに貰った地酒をチビチビやっていた。
 細かい顛末は、お膳を下げにきたパートのおばさんによってもたらされる。本当は喋っちゃいけないのだが、と何度も繰り返し、その代わりのように声を潜めて言った。
「それがねぇ、変わった泥棒なんですよ。盗ったのが局長さんの制服だけだったようなんです。あんなもの盗んでどうするんでしょうかねぇ。何でも最近似た事件があったらしいですねぇ」
この町では、井山の社の新聞はあまり売れていないとみえる。
 その後も、駐在所に電話があって分かったとか、子供部屋の鍵をかけ忘れていたようだとか、局の仕事場のほうに入った形跡はないとか、短時間で驚く程の情報を仕入れていた。表情が明るいのは被害が深刻ではないせいであろう。
「やっぱり井山さんの記事の影響かなぁ」
おばさんが出て行くの待って、都が口を開いた。
「影響かどうかはともかく、読んではいるだろうな」
「こういうの何て言うんでしたっけ? 誰かの真似するの」
ベニーの顔に好奇の色が浮かんでいる。
「摸倣犯? 」
気を利かして置いていってくれた漬物で地酒を舐めながら、僕が反問する。
「そう、それ。摸倣犯なんて、なんかカッコイイですよね」
「なに言ってんの。ただの空き巣よ」
「でもスマートではあるよな、他に何も盗らなかったらしいから」
「そうですよ、ルパン三世みたい」
「ずい分しょぼいルパンねぇ」
「マニアのルパンなんだろ。オタクのルパンとか」
「何それ? ルパンのマニアとかオタクなら聞いたことあるけど」
「あ、あたし次元と五右衛門のコスプレ見たことあります」
「ベニー、それは関係ないの」
「いや、あるかもよ」
「そうですよね。あたし峰不二子のコスプレやりたいな」
「ベニー姉さん似合いますよ」
「ホントですか。じゃあ今度やります」
「ベニーは全日空なんでしょ」
「じゃあ昼夜で」
「あのねぇ、寄席の前座じゃないんだから。……人がいない時の、ね」
「もう姉さん、やな事思い出させないで下さいヨ」
「ふふ、ベニー、お互いよくやったわね」
「ホント、やりましたよね」
 昼夜とは、寄席の昼席と夜席の両方で働くことを言う。朝から晩までどっぷりと寄席に浸かるのは、精神的にも肉体的にも二倍ではなく二乗の疲労感がある。そんな経験も加味されるため、前座修行の共有は噺家にとって特別なものなのだ。
「その頃は前座少なかったんですか? 」
一応先輩に敬意を表し、リアクションしやすいよう振っておく。少なければ、どうしたって一人にかかる比重は大きくなり、昼夜の掛け持ちが増える。
「そうでもなかったけど、脇の仕事が多かったのかなぁ」
「そうね。また同じ日にかぶるから」
「そうなんですよ。いない時はみんないないんですもん」
「そうそう。いる時は邪魔な程いるくせに、いない時はみんな……」
都が後を呑みこんだ。
「姉さん。どうしたの? 」
「夕べ郵便局に誰もいないって、どうやって犯人は知ったのかしら? 」
「灯りが消えてたんじゃないんですか」
「そっか。でも運がいい犯人よね、エルもいなかったんだから。夜はいつも中にいるって言ってたわよね」
「そうだな、エルに吠えられたらビックリしただろうな」
「エルなら、今からでも犯人見つけられるかもしれませんね。なんてたって名探偵ですもの」
「今から……ねぇ」
都が湯呑を両手で握り直した。考え込む時にする、幼い頃からの癖であった。

 なぜ旅に出ると朝飯が旨いのだろうか? いつも布団の中でうだうだしている時刻にお替わりをする度、そう思う。我が家の血筋か都もよく食う。ベニーは低血圧らしく半分眠っている。
 夕べのパートのおばさんは姿が見えない。例によって作務衣を着た尚美ちゃんと、妹で小学校六年生だという英美ちゃんが手伝っている。我々以外の宿泊客はすでに発っていた。
「昨日は大変だったわね」
片付けに来た尚美ちゃんに、都が言った。
「お騒がせして申し訳ありません」
「ううん、全然。私たちにも責任があるもの。落語会さえなきゃ、あんな事件は起こらなかったかもしれないし」
「いえ、そんなこと誰も思ってないです」
「敏史君は気にしてるんじゃない? 子供部屋から入られちゃったんでしょ。それって敏史君の部屋? 」
「オイ、やめろよ」
「いいじゃないの。あ、そうだ。尚美ちゃん、このあと時間ある? 」
「え、はい。片付けが終われば昼までは」
「帰りに敏史君のところへ寄りたいの。道を教えてくれないかな。慰めてあげなきゃ」
「お前が慰めたってしょうがないだろ」
「しょうがないってことはないでしょ。私はエルを慰めたいのよ、お手柄逃しちゃったんだもの。ね、尚美ちゃんお願い」
「はい、わかりました」
「ありがと。何時に終わる? 」
 住職夫妻に見送られ、助手席に可愛いナビゲーターを乗せ、僕はゆっくり坂道を下った。朝から蝉時雨は土砂降りである。
 ナビゲーターがメールを打ってくれたので、敏史とエルが駐車場で待っていた。郵便局の規模に比べ、やたらと広い。
「やあ、昨日は大変だったらしいね」
「うん。さっきまで駐在さんがいました」
「なんか聞かれた? 」
「うん。ぼくが窓の鍵閉め忘れちゃったせいだから」
「そうなの……」
ベニーが近づいて来て、声音で慰めた。
「私ちょっと局長さんに挨拶して来る」
都が唐突に言う。
「いいよ。行かなくたって」
「こう見えても私は座頭(ざがしら)ですからね。エル、ちょっと待っててね」
都はエルの頭を一撫でして母屋に向かい、しばし駐車場まで嬌声に似た笑いを響かせ、トウモロコシを抱えて帰ってきた。
「もらっちゃった。おいしそうでしょ、まだあったかいのよ」
「ほらみろ。余計な気を遣わせちゃったじゃないか」
「いい御両親ね。あんな事件があったのにさ。そうだ敏史君、あれ、もう一度見せてくれないかな? 」
「あれって何ですか? 」
「犯人当て。エルの得意技」
「いいですけど」
「ありがと。今日はちょっとヴァージョンアップよ」
都は車のトランクをあけると自分のキャリーバッグを取り出し、下に置くと、止め金を外した。
「ほらほら、ベニーもお兄ちゃんも同じようにやって」
こいつは時々妙なことに夢中になる。
「敏史君、人じゃなくて持ち物でも当てられる? 」
「大丈夫だと思うけど」
「そうよね、エルは名探偵だもんね」
なんだそういうわけか。初めから言えばいいんだ。僕とベニーもそれぞれバッグの口を開けて置くと、かたまって移動した。
 都が手提げ袋から手拭いを出して渡す。敏史がそれをエルの鼻先にかける。あとはこの前と同じ、エルが歩いて行き、順番に匂いを嗅ぎ、都のバッグの前………を素通りすると僕のバッグの前に坐った。「ワン」、一声吠えた。
「……?…」
みんなが息を呑んだ。
「おかしいな?……エル」
敏史がエルを呼び戻してもう一度試みる。今度はまっすぐ僕のバッグに走って行った。得意げに「ワン」、と吠える。
 もう一人得意げなのがいる。都だ。
「やっぱり。さすが名探偵ね。もちろん皮肉じゃないわよ。エルには犯人が分かっているのよ」
「なんの犯人ですか? 」
ベニーが大きな目をもっと大きくして訊く。
「昨夜の泥棒」
「え、誰ですか? 」
「決まってるじゃない、バッグの持ち主。犯人はお兄ちゃんよ! 」
「何言い出すんだよお前。いくら暑いからって」
「エルがちゃんと教えてくれたじゃない」
「その手拭いはお前のだろ? 」
「そう私の手拭い。でも私が使った手拭いじゃないわ。それはさっき、おちゃらけた振りして局長さんの汗を拭いてあげたもの。新品だもの、私よりずっと局長さんの匂いが強いはず。なのに、どうしてお兄ちゃんのバッグに行くの? ……中に局長さんの匂いのする物、つまり制服が入っているからよ。違う? 」
「……」
「でも所詮は共犯者でしょ? 次元大介みたいなもんね」
「どういうことですか? 」
ベニーが途方に暮れている。
「主犯がいるのよ、ルパン三世がね。それは……敏史君、君ね」
「えーっ。姉さん、わざわざ自分の家に泥棒に入らなくってもいいんじゃありませんか? それに敏史君は、ずっと落語会にいましたよ。あたしがサゲ言うまでよく聴いててくれましたもん」
「そうね、それは確かよね」
「じゃあどういう? 」
「ルパンがいて次元がいれば、不二子も五右衛門もいるわよ。実行犯は、……たぶん不二子のほうね」
「そんなぁ。姉さん、あ、あ、あたしじゃありませんよ」
「当たり前でしょ。聴いてた敏史君が出来ないのに、喋ってるベニーに出来るわけないでしょ」
「じゃあ、まさか」
「そう、そのまさかよ」
「ええっ、じゃあ、姉さんなんですか! 不二子」
「あのねぇ……。もういいわよ。実行犯は……尚美ちゃん、よね? 」
 蝉の声が消えた。
「なんで分かったんだよ」
この状況では、僕が訊くほかあるまい。
「分かってなんかいなかった、さっきまではね。でも出来すぎだったでしょ? 偶々誰もいない、そう、番犬さえ留守にしている日に空き巣が入るなんて……局長さんに訊いたら敏史君が勧めてくれたそうね、凄く面白いからみんなで行こう、って。敏史君がそんなこと言い出すなんて初めてだから、ちょっと無理して来てくれたんだそうよ。それから出演者の一人が、これは私かしら、エルのこと気に入ってて会いたがってるから連れて行く、と。どっちも間違いじゃないけどね」
「お前、局長さんに言っちまったのか? 」
「言うわけないでしょ。まぁこれで敏史君の計画なのは見当がついた。でも実際忍び込んだのは誰だろう?……そしたら気が付いたのよ。確か敏史君は、井山さんがあの記事を書いたのを知ってから訓練所に同行すると言い出したわよね、訊きたいことがあるともね。そこでなにかあったんじゃないかなぁ、新聞の記事に関係したことかなぁ、って。けど、いくら手引きがあったとしても、土地鑑のない人が、初めての家でそうそう簡単に目当ての物だけ取って来られるもんじゃないわ。まして不器用なお兄ちゃんじゃね」
「不器用だけ余計だ」
「家の中まで知っていて、万が一、途中で近所の人に見掛けられても不審に思われない人、家族ぐるみの付き合いがある尚美ちゃんしかいないわよね。蚊が苦手なエルまでわざわざ連れて来たのは泥棒の気配だけで吠えるかもしれないから、そして入った尚美ちゃんには吠えなくてエルの名誉が傷付くからよ。それにさ、お兄ちゃんじゃ時間が足りないもんね。もう一つ、時間といえば、落語会が終わるのを見計らったように駐在所に電話があったそうじゃない。子別れの通しなんて、普通の人に時間が読める? 犯人の中に落語に詳しい人、それも最後まで聴いて欲しかった人が交ってた証拠よ」
 そうだ。途中まで尚美ちゃんを迎えに行ったのも、ベニーの噺が切れる直前、駐在所に「怪しい人影が郵便局から出てきた」と電話したのも僕だ。
「共犯者さん、なんで電話なんかしたの」
「事件にしたかったんだ。ぼくが頼んだんだ」
敏史だった。
「いや、俺から言う。そう、確かに訓練所に行く車のなかで相談したよ。お前は知らないだろうけど尚美ちゃんも一緒だった。敏史君は井山の記事を読んで驚いたそうだ。制服や備品の値段が違い過ぎる、本当はもっと割高だ、って。まぁ家業でやってりゃ帳簿くらい見る機会があるんだろ。だからそれをみんなに知らせたい。どうやったら知らせることが出来るかって考えていたんだそうだよ。で、実際に使ってる制服が同じように盗まれて新聞社に届けば、今度は郵便局の入り値を調べてくれるんじゃないかと思ったらしい。だから事件にして、話題になって欲しかったんだってよ」
「敏史君どうして? どうしてそんなこと……」
「ぼくが知りたいんだ。同級生に郵便配達担当の人の子供がいて、自分も将来郵便局に勤めたいって言ってる。ぼくよりこの仕事が好きなんだ。でも、もしぼくが跡を継いだら、ぼくが局長になるんですよ。おかしいでしょ? どうしてだかわからないけどそうなっちゃう。ぼくは知りたいんです。自分の家の、仕事の、仕組みを知りたいんです」
エルが心配そうに敏史を見上げた。
「気持ちは分からないでもないし、大事な問題だと思うけど、局長さん困ってたよ。新聞に出たらモミ消せない……モミ消すっていい言葉じゃないけどさ」
「そういうところが、青年は許せないんだろ」
「お兄ちゃんは黙ってて。尚美ちゃん、私が解らないのはあなたなのよ。男なんて幾つになっても子供みたいでね、なにか思いつくとやらずには済まないところがある。でも、どうして尚美ちゃんみたいにしっかりした女の子が、一緒になって手伝ったりしたの? 」
「……小右女さん、昨日わたしに何て言ったか憶えてますか? 」
「え? 」
「尚美ちゃんが跡継ぎなのかな、って言いましたよね。ええ、悪気がないのはわかってます。でも、それって結構プレッシャーなんです。お寺は誰かが跡を継がないと、住まいも出て行かなくちゃならないのを知ってますか? それでも、うちの両親は気にしなくていいって言います。好きな人ができたらお嫁に行きなさいって。お母さん一人娘だったから気持ち分かるよ、って」
「…ごめんなさい。そんなつもりじゃ…」
「いいえ、いいんです。わたしお寺嫌いじゃないし、この町も好きだし。それに、お父さんが会社辞めてお婿さんに来てくれて、お母さんは幸せだっていつも言ってます。わたしも運命ってあるんじゃないかなって思ってます。でもそれを人に決められたくないんです。幸せの形を人に教えてもらいたくないんです。それって敏史君の家も同じなんだって、そう思ったんです」
エルが尚美ちゃんに近付くと、手に鼻面を寄せた。
「朋恵ちゃんが、あ、敏史君の妹さんですけど、この前わたしに言いました。お兄ちゃんは頭がいいから東京の大学行って大きな会社に入るかもしれない、そしたら私が郵便局を継ぐんだって。おばあちゃんががっかりするから、私がお婿さんもらうんだ、って。小学生の子にそんなこと言わせるのっておかしいと思いませんか? 誰も悪くないんです。敏史君のおばあちゃんも本当にいい人で、ただ、おばあちゃんは敏史君が局長さんになるのを、そしてそれが一番幸せなんだって信じてるんです。だから敏史君や朋恵ちゃんに任せるんじゃなくて、周りが変わらなくちゃいけないと思ったんです。わたしも何か手伝いたいって思ったんです」
 少し震えていたがしっかりした声だった。僕は、虚業をなりわいにしていることで地道に働いている方々に漠然とした負い目を感じている。でも現実は、その仕事を選ぶ時点でさえ、めぐまれていたのだ。
「お兄ちゃん五右衛門に言っときなさいよ」
「? 」
「井山さんよ。制服送られてくるの待ってんでしょ? それを大儀名分にして調査するつもりかもしれないけどさ、ジャーナリストならね、そんなものなくたって上司説得してスペースもらって記事書くべきだ、って」
「ああ、伝えるよ。制服も局長さんのところに送り返せばいいんだろ。出来心でしたと書いてな。……裏は花色木綿だ」
「そうね、制服が返ってくれば、事件にはならないでしょ」
「ところで、なぁ、一つだけ教えてくれないか? 」
「なに? 」
「どうして俺が制服持ってると分かったんだ? 」
「何年兄妹やってると思ってんのよ。お兄ちゃん、ついでに何かやるの異様に好きだもの。へんなところ節約にこだわるし。自分では合理的だと思ってるみたいだけどさ……。井山さんの新聞に関係してたら、同じ方向に帰るお兄ちゃんが持っていかないわけがないと思ったのよ。それに、敏史君も尚美ちゃんもこの辺りじゃ顔を知られてるから新聞社宛の宅配は出しづらいもんね。かといって郵便局から送るわけにはいかないでしょ。噺家の仕事は、人と世間の考察なのよ」
「姉さん、カッコイイです」
ベニーに笑顔と好奇心が戻った。
「ありがと。ミス・ポアロと呼んでもらおうかしら」
「じゃあ、あたしは若き日のミス・マープルにして下さい」
「ベニーは楓家だから、マープルじゃなくてメープルかな」
「うまいね」
……そうは思えんが発言権はないだろう……
「でも一番のお手柄はやっぱりミスター、違った、ムッシュ・エルキュールよ。ね、エル」
「ワン! 」
エルが辺りを見廻してから高らかに吠えた。それは、空気が和らいだのを確認した証しだった。晩夏の濃すぎる空に、その声が吸い込まれていった。

 電話が鳴った。
「はい、ダヴネストです」
「ちゃんと出なさいよ」
都の声がした。あの日以来、電話応対マニュアルが変わってしまったのだ。そして僕は都に、もといっ、小右女姉さんに口答え出来なくなっていた。
「はい、演芸と探偵のダヴネストでございます」

                            〈 了 〉

                         撮影  菊地正幸

                    協力 東傳院(千葉県酒々井町)

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商売半畳!ダヴネスト探偵局

噺家兄妹のライト文芸。骨髄バンクに登録していた兄のデータが合致して骨髄提供に臨む第三弾、不定期連載スタート!
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