【百コラム】001/ゲームウォッチと1984年の市民病院

週末にお台場の日本科学未来館の企画展「GAME ON」に行ってきた。子どもと、子連れと、かつて子どもだったオタクばかりで辟易したが、いい気分転換になった。

正直、ゲームはそれほど夢中になれなかったのでごく私的なことを書く。僕はゲームにずっぽりハマったタイプではないが、編集者気質なので時代性を感じるものはすべて好きだ。そしてこの日はゲームウォッチ(正確にはゲーム&ウォッチというらしい)の前で思わず足を止めることになった。懐かしい。

父方のおじいちゃんは、僕が小学校に行く前に亡くなった。末期は地方都市の市民病院で過ごし、やることがなかった僕はその地方都市の市民病院によく親と一緒に通った。おじいちゃんは僕を見るたびに涙を流しながら抱きつくのだが、ヨダレまみれだし、なんで泣いてるかわかんないし、人が死ぬことの意味もわからないし、小学生になる前の僕には思い出の深みもない。ただ、家族が陰鬱な表情を浮かべていて、なんだかいたたまれない気持ちになった。

親戚の子どもが持っていたゲームウォッチを「飽きたから」という理由でもらった。病室の待合室でひたすらドンキーコングのゲームウォッチで遊んでいた。寒々とした衰退気味の地方都市の病室の待合室にあふれるゲームの電子音。僕はゲームウォッチを朝から晩まで、何度も何度もプレイした。ほかにやることがなかった。2日か3日経つと、未就学児の僕でもクリアできるようになった。そういう簡単なゲームだったのだ。ゲームはクリアしたけど、僕は何度も市民病院につれて行かされた。だから僕は何度も同じゲームをクリアしながら、何かの終わりを待っていた。

ある日、終わりがやってきた。普段のんびりしていた医師や看護師がなにやら慌てており、親類の悲痛な嗚咽が聞こえてきた。「クリア」されたんだなと子ども心に悟った。悲しくもなんともなかった。ただ、病院とゲームウォッチと僕の永遠ループが終わりを告げるだけだ。

ゲームウォッチは親類に返したのだと思う。それ以来、手持ちのゲーム機はゲームボーイの登場まで持ったことがない。だから、僕にとってゲームウォッチは、あの陰鬱な市民病院とつながっている。

(891字)

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