集団行動が生む”あたりまえ”の心理

渋谷に集まった若者たち

 多くのサポーターが詰めかける“サッカー観戦の聖地”渋谷のスクランブル交差点。日本代表のビッグマッチではサポーターが大騒ぎするのは今や“定番”となった。
 15日の1次リーグ初戦~コートジボワール戦の後には、すれ違う若者らがスクランブル交差点内でハイタッチを交わして大混雑。痴漢・パイタッチなども続出したというニュースが流れた。

 筆者は、会社が仕事にあるという場所柄、ワールドカップに限らず、年末年始、ハロフィンなど、騒ぎたい若者でスクランブル交差点が賑わうことをここ何年も見てきたが、年々エスカレートしているように思う。
 それに伴い、警察官の導入数も以前より増えているようだ。

 W杯騒ぎに乗じて、集団のどさくさに紛れて、ついに理性を失った者が出た。筆者は、この騒ぎには危険な予兆が潜んでいると思えてならない。
 今の社会にはエネルギーを発散するはけ口がないのではないか?
 どことない不安や不満をぶつける場を欲しているのではないか?
 いずれにしても「今回の騒動は、不気味な社会現象である」という警笛を鳴らさずにはいられない。

”集団心理”の新たな研究

 社会心理学では、人は集団となる思考停止状態に陥り、自分の考えや行動などを深くかえりみることなく無意識のうちにいじめや暴力に加担してしまうことがある。これを集団心理、もしくは群衆心理と呼ばれている。

 このたび米マチューセッツ工科大学(MIT)、カルフォルニア大学バークレー校、カーネギーメロン大学の合同研究チームが脳のMRIスキャンによりこれらの心理を裏付ける脳の動きを発見した。それによると、人間は集団の一員として行動している時、脳の「倫理」と「内省」に関係する領域の活動が弱まることが分かったという。
要するに、人は集団で行動すると道徳観が薄れ、倫理思考ができなくなるということだ。

(※実験の概要と結果は以下)
 学生の被験者23名を対象に行われた。画面に出たメッセージに従って素早く反応し、勝つとお金が手に入るというゲームを行ってもらうのだが、このゲームは、別の被験者と個人同士で、または、被験者グループとグループ対戦の2通りの方法で行なわれると説明されていた。
 メッセージの内容は、あらかじめ各々の被験者を調査し、それに基づいたものが使用された。その内容は「Facebookに600人以上の友人がいる」などのソーシャルメディアに関するものと、「皆で共有している冷蔵庫から食べ物を盗んだことがある」などの道徳的な問題に関するものが含まれていた。 被験者がゲームをしている間、研究チームは被験者の内省や倫理判断と関係している、脳の内側前頭前皮質をモニターした。その結果、被験者たちがグループ対戦と告げられた時は、個人で戦っていると告げられた時に比べて、道徳にかかわるメッセージが表示されたときの内側前頭前皮質の活動が著しく低下していたことがわかった。
 また、ゲーム終了後、対戦相手の顔写真を被験者に選ばせたところ、内側前頭前皮質の活動が低下した被験者は、チームメイトに比べて写りのよくない対戦相手の顔写真を選ぶ傾向を示した。
 さらに今回の研究ではすべての被験者が同じような反応を示したわけではないという興味深い結果も得られた。グループで競争することに強く影響を受けた者もいれば、あまり影響を受けなかった者もいた。

 集団に入ることで、簡単に自分を見失いやすい人と、まわりに流されない人がいると考えられるが、その理由はまだ明らかになっていない。個人の確立されたゆるぎない倫理観が関与しているのかもしれないが、その解明は今後の研究課題なのだろう。
 この研究を率いたミーナ・シカラ氏は、「少なくとも集団は、匿名性を生み出し、個人の責任を縮小させ、”大義のためには必要である”という考えで、危険行為に及ぶ。だが今回の研究だけでは加速する集団同士の争いをすべて説明することはできない。・・集団に身を置いた場合、一度立ち止まって考え、これまでの自分の道徳観念と照らし合わせて、その行動が果たして倫理的であるのかどうかを省みることが、集団心理の影響を弱めるのに役立つ可能性はあるだろう。」と語っている。

人は集まると冷静でなくなる?群衆心理の4法則

 人は集まると大きな力を発揮する。少し前にアラブ世界で起こった大規模な民主化運動「アラブの春」は群衆の大きな力を示した例といえる。
 群衆は集まると大きな力を発揮する反面、一度コントロールを失うと暴行事件や大量窃盗のようなトラブルに発展する可能性も秘めており、群衆心理は個人の心理とは別の特性をもっているとも考えられる。

 ここでは、社会心理学者のル・ボンが提唱した古典的な群衆心理の法則を紹介したい。

1.道徳性の低下

 群衆に混ざると個人のモラルは最低レベルにまで低下し、無責任になり衝動的に行動しやすくなる。ある人が石を投げたり、物を壊したりすると多くの人が同調し、止められなくなる。

2.暗示にかかりやすくなる

 群衆になると暗示にかかりやすくなり、正確な判断力が失われてしまう上に心理的な感染が顕著になってくる。たくさんの人が集まる場所で火事などがおきると、一斉にパニック状態になって非常口がいくつかあるにも関わらず、同じ出口にみんなが殺到したりするケースなどがこれに該当する。

3.思考が単純になる

 個人では思慮深い人であっても群衆にまぎれることによって、無意識のうちに個人としてのアイデンティティが低下してしまい、モノの見方や考え方が単純になる。そのことで結果的に感情的な考え方や行動が顕著になってくる。

4.感情的な動揺が激しくなる

 感情の動揺が強くなり、興奮状態に陥りやすくなる。音楽ライブなどはこのような群衆の興奮しやすい性質を上手く利用している好例と考えられる。

 ル・ボンはこの仮説を1895年に刊行された「群衆の心理」で発表している。ル・ボンは貴族階層の人間であり、群衆に襲われる側だったので、群衆は集まると野蛮で凶暴になるという考えをもっていたようだ。

 今回、渋谷のスクランブル交差点で起きたことは、「アラブの春」のプチ現象といえなくもない。集団に身を置くことで、意識的にも無意識的にも理性に欠いた野蛮な行動をとってしまうことがあるのだ。

ルシファー効果

 もうひとつ「ルシファー効果」というメカニズムを紹介する。

「ルシファー効果」とは、『es』という映画にもなった「スタンフォード監獄実験」を行ったアメリカの心理学者「フィリップ・ジンバルドー」が提唱した概念で、どんな人間でも周囲の同調圧力によって善人から悪人に変わってしまう可能性を孕んでいるというもの。

 人間には「善と悪」という対極した2つの面が、「陰と陽」の関係のように刻み込まれている。ジンバルド教授は善良な人が悪人(怪物)に変貌することはとても簡単で、また悪人が善良な人(英雄)に変貌することも可能であるということを、映像で分かりやすく説明している。

 彼は、素質に関わりなく、おかれている状況や、環境、集団心理によって簡単に善人から悪人へと変貌するこのメカニズムに「ルシファー効果」という言葉を名づけた。ルシファーとは、天国から追い落とされて、やがてサタンと結託して神に反逆を企てる堕天使の名前のことである。

 また、ジンバルド教授は1969年、人が匿名状態にある時の行動特性を実験により検証した人物でもある。「人は匿名性が保証されている・責任が分散されているといった状態におかれると、自己規制意識が低下し、『没個性化』が生じる。その結果、情緒的・衝動的・非合理的行動が現われ、また周囲の人の行動に感染しやすくなる」というもの。

皆がしている(多数決)≠あたりまえではない

 渋谷駅前のスクランブル交差点での騒動で「当たり前を疑うことの重要さ」を改めて考えさせられた。

 集団の中にいたとしても、多数の人が主張することであっても、いったん冷静に己のうちと向き合って考えることが必要なのだ。

 フォーカスグループインタビューの生声やMROC(Marketing Research Online Community)の中でのコメントも同じ。
 皆が同調している意見であっても、いったんは「本当か?」と疑う姿勢を持つこと、発言内容を鵜呑みにせず「真意は何か?」と自分で咀嚼して考えることが大事、ということではないか。

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