マガジンのカバー画像

エッセイ・覚え書き集

34
経験も空想のうち。空想も経験のうち。
運営しているクリエイター

2020年4月の記事一覧

初めて作家を見た日【エッセイ】

 村上春樹『風の歌を聴け』の中で、主人公に鼠が、なぜ本を読むのか、と訊ねる場面がある。この後に続く会話は印象的だ。「生きてる作家の本は読まない?」と訊ねる鼠に、主人公はこう答えるのだ。 「生きてる作家になんてなんの価値もないよ。」  私は十八歳のときに村上春樹の小説に出会うが、それまで、作家の価値について考えたこともなければ、作家を生きているか死んでいるかで分類したこともなかった。スタイリッシュな作風の『風の歌を聴け』を読み進めていく中で、当時の私が最初に衝撃を受けたのは、

すべて集合体のせい 【エッセイ】

 テレビを観ていた妻が、突然わっと小さな悲鳴を上げて、キモっ、と呟きながら、すぐ横にいる私に「見て見て!」と、袖をまくって自分の腕を近付けてきた。妻が私に見せようとしているのは、たった今、自分の腕に発生したばかりの鳥肌なのである。  よくあることだった。私は妻が、またテレビで「何か」を見付けてしまったのだなと思った。 「ちょっと、今の何? ゾワゾワする……」  妻は自分の頬を両手で挟み、身震いを抑えながらテレビ画面を凝視していた。私はそんな妻の腕の表面に現れた鳥肌をしげ