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それがあなただもの

無精髭を生やして
それでいて襟付きのシャツを小綺麗に着て
いい歳をしてアルバイトの身分で
それでいていつも余裕のあるような顔をして
あなたはいったいどういう人なの
こっちも思わず笑ってしまう下ネタのあと
詩のようにうっとりする言葉を話し
国内政治の話題には乗っからず
それでいて世界の情勢には詳しい
あなたの頭の中はどうなっているの
あなたは詐欺師でしょう
そうでなければ稀代の人たらし
美味しい店を知っていて
店の人ともすぐに仲良くなって
支払いのときはちゃっかり私に頭を下げて
あなたは天才的なヒモですか
私はあなたみたいな人には引っかからない
こう見えても人間観察には長けていますから
男なのに綺麗な指をして
憎らしいほど唇の形がいやらしくて
腱が浮き出た腕は見ていると触りたくなる
あなたはいったい何者ですか
女性にもてるのは分かります
男性ならではの色気が匂い立って
感心するくらい人の話を聞くのが上手で
感心するくらい瞳を見詰めるのが上手で
そんなあなたに悩み事を打ち明けたくなった私は
今夜洗いざらいすべてを話してしまった
私の仕事上の愚痴を
私の悲観的な将来設計を
話す気のなかった私の失敗しそうな恋愛まで
あなたはスルスルと私から言葉を引き出して
私の腹の底の底までさらい尽くしてしまった
あなたの興味を引きたくて私はそうしたわけではない
あなたの前で私は突然素直になってしまったのだ
いったい何なのだあなたは
静かなバーのカウンターで
時間は溶けたように進まなくなって
もう長い間あなたは無言で
それでいて機嫌のいい表情は相変わらずで
私ひとりで帰るタクシーはもう呼んであるのに
どういうわけか私はここを去り難くなっている
いつまでもぐずぐずしていたい夜があり
黙って付いて行きたくなる夜があり
落ちる寸前の女がここにいて
気付けばここの支払いも私がしていて
それでいいのだと思ってしまう
仕方がないよね
それがあなただもの

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