目覚め

BL要素込みのショートショートです


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 ひとり息子の成長を見守ることは、わたしの人生の喜びだった。

 息子が物心つくかつかないかの頃から、父と子のふたりで生きてきた。愛情であれ環境であれ、何にも恥じることはないだけのものを与えてきたという自負がある。
 月日が経つのは早く、最近の息子といえば、もう自分は一人前だとでも言いたいような顔をしている。いつだったか、軽い気持ちでノックもせず息子の部屋に入り、憤然と抗議されたことがあった。
「いきなり入ってくるなんて、ぼくにだってプライベートというものがあるよ」
 言われてみれば、そういう年頃だ。いつまでも子どもではないということか。毎日見ているものの変化には疎くなってしまう。体格だって、わたしとあまり変わりないほどに成長していた。近くに立つと意外に大きく、しっかりとした体つきをしている。そう覚ってからは、息子を見る目がそれまでとは少し変わった。
 わたしはよき父親であろうと努めてきたし、実際、そのように振舞えたと思っている。親子関係は良好で、家の中のことは協力し合い、よく話もした。

 あるとき、ひとつの疑念が生まれた。息子はひょっとして、わたしと「同じ」かもしれない。

 保護者として授業参観に参加したときのことだ。同じ年代、同じ服を着た子どもたちの中で、息子もまた、あどけなくも凛とした学生らしさを放っていた。
 大人たちに取り囲まれて居心地が悪いのか、授業が退屈なのが常態なのか、ななめ前の席の男子生徒と目配せなどしてはひそひそと笑っている。消しゴムのかすをつまんで投げつける。相手の子は「なにすんだよ」と口だけ動かすや、息子の机の上のペンケースをさっと奪って自分の懐にしまいこんだ。息子はニヤリとして肩をすくめた。教室の壁際にいるこちらを盗み見て目が合うと、少々ばつが悪そうな顔をするので、わたしは眉を上げて小さく首を振って見せた。息子はいたずらっぽく目を細めてから姿勢を正し、黒板の方へ向き直った。
 わたしは心の中でかすかにため息をついた。
 それぐらいのなにげないやりとりは、仲間内ではよくすることだろう。だが、そこで見せた媚を含んだ眼差し。気付くまいとしても、その先に何を見ているかは、明らかではなかったか。

 わたしは、自分が学生時代に思いを抱いた相手の顔をぼんやりと思い浮かべた。クラスメートだった高橋とは、よく一緒にバカをやっていたが卒業してそれきりだ。通学路でよく見た隣町の学校の男子生徒は、結局名前も知ることはなかった。イベント設営バイトの斉木チーフは、当時付き合っていた彼女と結婚したくて正社員を目指していたが、その後どうなったっけ――。
 わたしはこの生涯、誰にも本心を打ち明けたことはなかった。
 社会に出る頃にはどうせ俺なんてと諦めた気持ちになっていた。冷めたつもりでいた時期、なんだか積極的な女と知り合ってなし崩しに結婚した。それが息子の母親だ。その女もしまいには出て行った。
 みな、過去の話だ。いまのわたしには息子がいる。

 誓って言うが、わたしは息子の幸せを願っている。
 息子はこれからきっと、どこかの誰かと恋をすることができるだろう。それで幸せになってくれるのなら、何より素晴らしいじゃないか。わたしがかつて、本当はそうしたいと思っていたのにできずにきたことを、息子には叶えてほしいと思う。
 しかしそのことを考えると、心のどこかが膿んだ。
 わたしはそれを祝福できるだろうか。嫉妬しないでいられるだろうか。
 もちろんそうだ、と本心から言い切る自信がない自分が情けなく、恨めしかった。

  ***

 とうとう、おそれていたことが起きた。胸の高揚を抑えきれない。
 夕食後、息子はわたしに、彼のある重大な事柄を告白した。正真正銘、真剣だった。そのときのわたしはどんな顔をしていただろう。努めて平静を装ったつもりだが、動揺を隠しきれたかどうかわからない。
「一晩、考えさせてくれ。明日もう一度、話をしよう」
 そう言い置くので精一杯だった。

 わたしは親として、あるいはひとりの男として、何と答えるべきだろうか。息子よ、何があろうとわたしはお前を愛している。
 ふたつにひとつの選択が頭の中でぐるぐると渦を巻く。もしも認めたら、これからの彼の人生はどうなるのだろうか。もしも否定したら、わたしは自分の出した答えを後悔することにならないだろうか。いずれを考えても、胸が押し潰れそうだった。

  ***

 翌朝、息子はもう一度わたしに向かって告げた。

「父さん、ぼくはあなたを愛しています」

 わたしは、観念したように、目を閉じた。


<完>

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3

マスダ

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