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『破壊する創造者』まとめ(『鹿の王』の参考書として)

宇宮7号です。いつもは絵を描いたり世界史の解説動画を作ったりしています。上橋菜穂子ファンです。

さて、上橋ファンとしては、かつてジュンク堂とのコラボで開催された「上橋菜穂子書店」にて推薦された本の数々を読破したいという叶わぬ夢を抱く皆様も多いことでしょう。私もです。

今回は、氏推薦図書の一つ『破壊する創造者』の話をします。

この本はかなり有名です。作者直々に「この本を読んで『鹿の王』のアイディアが閃いた」と、各所で紹介されているからです。

ファンとしては触れずにはいられまいと、遅ればせながらこの度、読んでみたのですが……。


『鹿の王』の作中知識が大量に出てきて、
「ほんとうにここがアイディア元なのだな」と各所で感じました。
「なんかもう、『鹿の王』の副読本じゃんこれ」
とまで思ったのですが、
いかんせん専門的な話も多く、読むのは少し大変でしょうから、どんな本だったのかを、ここで皆様にも共有しようと思います。

章ごとにまとめ、全体的な流れや主張の紹介をしつつ、ここは『鹿の王』でどう使われているか、という関連性を示していきます。

本書の全体的な主張は
①ウイルスは共生する生き物(共生初期には宿主を殺すこともあるが、その後は遺伝子レベルで融合が起こる)
②遺伝子レベルの共生は進化の推進力になり得る
③進化の推進力は病気の発生にも関係するので、遺伝子研究は医療の役に立つだろう

という感じのようです。

ただ今回は『鹿の王』の参考書として読み、備忘録として記しています。軽いご参考程度でお願いいたします。


各章メモ

1章 ウイルスは敵か味方か

【全体】いくつかの例や出会いを示しつつ、ウイルスと宿主が共生することや、生物の進化に関係していることを示す。

【『鹿の王』との関連】
エリシア・クロロティカ
『鹿の王』では光る葉っぱ(ピカ・パル)として登場する。作者本人より、これがモデルだと言われているので、間違いないだろう。

ウミウシという生物で、特異な点は
①葉緑体を体内に取り込んでいること
②葉緑体内部のウイルスが、産卵期以後は宿主を殺すこと
これは、『鹿の王』でもそのまま説明されている。本書では、さらに詳しい仕組みを知ることができる。

卵から孵って藻類を食べ、細胞内の葉緑体を体内に取り込む。以後は口を失い、葉緑体でエネルギーを得る
葉緑体を維持するためのタンパク質は、本来は藻類の細胞核にあるはずだが、ウミウシの体内にもある。これは進化の過程でウミウシの核細胞の中に受け渡されたのだという(ここにウイルスが関与する)
産卵後は体内のウイルスが増え、身体を攻撃する

【重要な用語】
共進化:複数の種が互いに影響し合いながら、相互に進化すること

【論の流れ】
ウイルスは共進化してきた(byテリー・イェーツ)
・ウイルスと哺乳類との共生について説明
・ウイルスは化学物質か?生物か?
→ダーウィン進化学者「種と種の間で遺伝子を水平移動させる仲介者」
→イェーツと筆者「宿主の中で活動している時は生物とみなすべき」

【ウイルスを知る意義】
・ウイルス性の疾患に対処するため
生物の進化に重要な役割を果たしているため


2章 ダーウィンと進化の総合説

【全体】ダーウィン以来の進化論が説明される。
ダーウィンの進化論に、突然変異説とメンデル遺伝学を合わせた「総合説」と呼ばれる説が生まれ、現在に繋がっていくという流れ。

【重要な用語】
自然選択:自然の中では、生存と繁殖に有利な個体のほうが生き残る確率が高いため、繁栄していく

【論の流れ】
・ダーウィンは「自然選択説」を唱えた(ダーウィンの進化論は「適者生存」と表現されることも多いが、この言い方は本来彼のものではなく、スペンサーの言葉)
・ダーウィンはそもそもなぜ変化がおきるのか解明できていなかった(まず何らかの理由で親と違う子が生まれ、その特徴が遺伝されないと、自然選択もなにも働かないが、ではなぜ親子で変化が起きるのか?)
→現在では遺伝子(ゲノム)の進化だとわかっているが、ダーウィンは「両親の特徴が混じり合うから」という漠然とした見解しか持たなかった
・「ダーウィンの自然選択説」以外の派閥説明
ダーウィンの自然選択説に、突然変異説、メンデル遺伝学を合わせた「総合説」というのが生まれた→ネオダーウィニズムにつながる


3章 遺伝子のクモの巣

【全体】ウイルスと宿主が共生し、互いに影響し合うこと、その関係性に対して自然選択の作用がはたらき、共に進化していくことを示す。

【重要な用語】
共生:種の異なる生物が共に生きること。片方だけ利益を得る片利共生、互いに利益を得る相利共生がある(+寄生も共生の一種とされる)

【論の流れ】
・大腸菌同士が互いの遺伝子をやり取りすることを証明しノーベル賞を受賞した人物(ジョシュア・レダーバーグ)
・細菌も互いの遺伝子のやり取り(人間でいう生殖行為にあたる)をする→生物の遺伝子はすべて関係しあっている
・共生には二つのレベルがある。
①生物同士が共に生きる(例:サメの歯の掃除をする小魚)
遺伝子レベルでの共生(例:光合成に必要な遺伝子が藻類からウミウシの遺伝子に移る)
ダーウィン的進化論は直線的共生生物の進化パターンは網目状
・ただし共生進化はダーウィン的進化論を否定しない
・ウイルスと宿主が互いに影響を与え合う、その関係にダーウィン的自然選択が作用し、進化する

【『鹿の王』との関連】
地衣類
『鹿の王』では飛鹿が避けたがる匂いの元、或いは飛鹿の食糧として描かれる。
その他『香君』にも情景描写として少しだけ出てくる。『獣の奏者』以前には登場しない。地衣類への関心のきっかけはこの本かもしれない。

本書では、まず北極圏の雪の下で生きられる地衣類の説明がある。北欧のトナカイ放牧との関連性が示されるので、ここも飛鹿のイメージに関係があるかもしれない。

また、地衣類は、藻類と菌類からなる共生生物と示される。
→地衣類はダーウィンの「進化の木」に当てはまらない(単に「一つの生物から枝分かれした」では説明できない)
共生の面から進化学を見直すきっかけとしている


4章 AIDSは敵か味方か

【全体】ウイルスとの共存により人間がどう変化するかを論じる。AIDSのようなレトロウイルスを解説し、ウイルスが人間に害をなすのは、共生するための初期段階として「感染的淘汰」が起こるためだと主張する。

【重要な用語】
レトロウイルス:自分のRNA遺伝子を宿主のDNAにうつして、染色体に組み込まれるウイルス。有名なのはエイズウイルス。
感染的淘汰:新たな宿主に侵入したウイルスが、共に生きることのできない者を全て殺してしまうこと(筆者の名付けた言葉)。

【論の流れ】
・エイズウイルスを例に、レトロウイルスについて解説する。
・Q.なぜレトロウイルスは人間の脅威になるのか?
A.まだ人類という宿主に適応するよう進化していないから(つまり、宿主に出会ったばかりの頃はウイルスの振る舞いは攻撃的になりやすい)
・ウサギと粘液腫瘍の例:初めて出会うウイルスによりウサギの99.8%が死滅したが、耐えて生き残ったウサギはウイルスを持っても健康なまま生きられるようになった(共存状態になった)
・感染的淘汰について説明。感染的淘汰は、共存状態(相利共生状態)になる前段階だと考え、最終的には長く安定した共生関係を続けると主張
・レトロウイルスは、昔から数多く人間に感染してきた。最新のものがAIDSウイルスというだけ
・レトロウイルスが人間の進化に影響をした証拠を探す→人間のヒトゲノムのなかに、レトロウイルスに由来するDNAが存在する

【『鹿の王』との関連】
・ウイルスが宿主に利益を与える例
ウイルスが、共存状態になった宿主の近縁種に攻撃的になることがある。特に生態学的地位が同じで食べ物も同じ場合、その傾向が強いという。

『鹿の王』では「キツネ狂えど飛鹿は眠る」と紹介されている事例である。
黒ダニに噛まれたキツネは痙攣するが、飛鹿は同じダニに噛まれても平然としている。
キツネは飛鹿の仔を食べるので、仔を産む時期の飛鹿は黒ダニにいる薮を好むのだろうと言われている。
(知識元自体はここのようだが、黒ダニなどの具体部分は別の資料や取材の可能性が高い)


5章 ヒトゲノムのパラドックス

【全体】レトロウイルスは人の遺伝子情報を書き換える。そのため宿主とウイルスとのゲノム融合が起こり、進化が起こることを説明する。

【重要な用語】
ヒトゲノム:人間の遺伝子情報。
HERV:ヒト内在性レトロウイルス。ヒトゲノムの一部で、過去に人間に感染したウイルスの名残。

【論の流れ】
・2001年にヒトゲノムの構造があきらかになった
・ヒトゲノムのうち、遺伝情報を保持するのは全体の1.5%。それよりもHERV(9%)の方が多い。
・遺伝学の流れを解説。遺伝情報はDNA→RNA→タンパク質の順に流れると思われてきたが、1959年にレトロウイルスの作用で逆向き(RNA→DNAの順)にも流れると発見された(レトロウイルスの「レトロ」は「逆」の意)
・ウイルスが遺伝子に影響を及ぼす手順について説明。宿主に感染後、細胞の核(中に遺伝子がある)に入り込んで、自分のゲノムを核に注入する→ウイルスと宿主のゲノムが結合
・レトロウイルスは生殖細胞でもゲノム融合を起こせる→内在性化する。(内在性化すると、宿主のゲノムの一部としてずっと生きられるようになるが、その代わり自由に動くことはできなくなる)
・コアラの病気の例:外在性のウイルスが内在化するのは意外に短い期間で済む
・ウイルスがゲノムに入り込んだ宿主は、もはや違う生物とみなすこともできる。(ゲノム融合しているので、新しい生物が誕生したとも言える)
・進化はダーウィン主義者のいうように直線的ではない。ウイルスによっても種は分かれる。進化の図は網目状。


6章 ウイルスが私たちを人間にした

【全体】共進化の証拠探し。ヒトゲノムの中に、ウイルス由来の部分がたくさん残っていることを示し、共に進化した証拠だと述べる。

【重要な用語】
トランスポゾン:ゲノム上で移動や複製できる遺伝子。進化の原動力となると同時に、病気の原因にもなるとみられる。レトロウイルスとは違うが、似た動きをする。

【論の流れ】
・進化の観点から見ると、ウイルスには「想像と破壊」の二面がある
・ダーウィン的進化論では、HERVは寄生者だが、筆者は、ウイルスが宿主に一定期間とどまれば関係が進化する可能性が高くなると述べる
・トランスポゾンはDNAウイルスを起源としているのではないか。トランスポゾンの存在は、ゲノムにウイルスが入り込んだ証拠。
・内在性レトロウイルス(HERV)の発見以降の流れを説明。ヒトゲノム内にHERVの複製が多数存在する→祖先たちはずっとウイルスに感染してきたということ
・ウイルスと宿主の共生関係が自然選択に晒されて進化が起こり得る
レトロウイルスとの遺伝子レベルでの共生が、人体の組織形成やヒトの進化に関与している。
例:胎盤(母と子の血球を隔てる)の膜(合胞体)は本来脊椎動物には備わっていない。レトロウイルスとの遺伝子レベルでの共生の証拠といえる。


7章 医学への応用

(7-9章全体:ヒト内在性レトロウイルス(HERV)の病気への関わりについて見る)
【全体】宿主の染色体内で融合したウイルスでも、元の能力を保持しているので、病気を引き起こす可能性があることを示す。一方で、宿主と協調することもあるという。

【重要な用語】
ミトコンドリア:細胞小器官。独自のDNAを持つという特徴がある。(高校レベルの生物でも、かつては別の生物だったが細胞内に取り込まれたという細胞内共生説が取り上げられる)

【論の流れ】
・進化を理解する意義とは?→進化の推進力は「生物に変化をもたらす力」なので、病気を引き起こす原因にもなる
・ミトコンドリアとの結合・共生がどのようにして始まったのか。ミトコンドリアが引き起こす病気とその原因。
HERVと病気との関連について
染色体内の配列組み替えにて、HERV(ヒト内在性レトロウイルス)の配列が重複したり欠けたりして病気につながる
・ウイルスや関連部分は宿主にとって病気のリスクであると同時に、ウイルスの制御機構が宿主と協調することもある
→医療にとって重要な問題:遺伝子レベルで影響を与え合い進化してきたのなら、医療を実践する際、“何をもって正常とみなし、何をもって異常とみなすべきか”わからなくなる。慎重に解析せねばならない。


8章 自己免疫疾患

(7-9章全体:ヒト内在性レトロウイルス(HERV)の病気への関わりについて見る)
【全体】免疫システムが自分自身を攻撃してしまう自己免疫疾患は、レトロウイルスに関連することを示す。特にレトロウイルスに由来するDNAが細胞内に残ると自己と非自己の区別が付きづらくなるという。

【重要な用語】
自己免疫疾患:患者自身の免疫細胞や抗体などが自分自身を攻撃してしまうことで、症状が起こるような疾患。1型糖尿病など。
MHC:自己と非自己を見極める際に中心となってはたらくシステム。「主要組織適合性遺伝子複合体」の略

【論の流れ】
・自己免疫疾患の共通点:異物撃退のための適応免疫系が、なぜか自らの身体組織を自己と認識しなくなってしまう
・レトロウイルスは自己免疫疾患にも深く関与している
・自己と非自己を見分けるMHCシステムの進化に、レトロウイルスが関わっていると推測される
・ウイルスを認識するとき、そのDNA/RNAがヒトのものかウイルスのものか完全に区別できるわけではない。特に、レトロウイルスに由来する不要なDNA/RNAが、完全に分解されず細胞内に蓄積されてしまうと、更に区別が困難になり、自分を攻撃してしまう。


9章 癌

(7-9章全体:ヒト内在性レトロウイルス(HERV)の病気への関わりについて見る)
【全体】癌の発生には突然変異やウイルスの侵入が関わると述べ、HERVとの関連も明らかになってきていることを示す。

【論の流れ】
・突然変異が癌遺伝子や癌抑制遺伝子に起きると、癌にかかりやすくなる
・癌を引き起こすウイルスは、細胞の分裂や増殖を制御する遺伝子の側に侵入する。→細胞が分裂を繰り返し癌となる
・染色体内のウイルス挿入箇所=かつてウイルスが侵入した回数。→ヒトゲノム内のウイルス挿入箇所を見れば、進化を知るのに重要な手掛かりとなる
・HERVも癌に関係しているが、どう関係しているのかは明らかでない。(原因なのか、反応しているだけなのか?)
・関係があることはわかってきている(HERVの組み替えに伴って、染色体の一部が他の場所へ移動する「転座」がおこる/レトロウイルス由来の配列の組み替えの際に、遺伝子重複が起こる、など)が、具体的な原因や何ができるのかは不明


10章 新しい進化論

【全体】新しい進化論の研究発表や、その反応について記録する。進化の4つの推進力(突然変異、共生発生、異種交配、エピジェネティクス)を示し、4つの推進力と自然選択の相互作用で進化を捉え直すべきと主張する。

【重要な用語】
エピジェネティクス:後天的な作用で遺伝子の発現が制御されること(13章で詳しく解説)。
総合説:(2章既出)ダーウィンの進化論に、突然変異説とメンデル遺伝学を合わせた説。

【論の流れ】
・「ウイルスと宿主の共生」というテーマで共同講演を実施した記録
・生物学者が、共生学を応用して未知のウイルスを発見した例byマリリン・ルーシンク
・筆者は、ウイルス共生学を進化生物学のあらゆる種類の研究に応用したいと考えている
進化の推進力について(計4つ)
①突然変異と②共生発生は、共に進化の原動力であり互いに影響を与え合う
→さらに2つの重要な推進力:③異種交配と④エピジェネティクス
・ダーウィン由来の「総合説」を否定するわけでない。四つの推進力と自然選択の相互作用で起こる現象として、進化を捉え直すべき。
・異種交配についての講演
カンブリア爆発時、全く違う種で異種交配が起こったのではないかbyマイケル・シバネン


11章 セックスと進化の木

【全体】異種交配は進化の行き止まりだと思われてきたが、染色体数を変化させない異種交配が発見され、異種交配は進化の推進力となることがあきらかになり、重要性が増している。

【重要な用語】
二倍体:染色体が二組ある生物(※たいていの生物は二倍体)。二人の親に由来するため二組ある。異種交配により、四倍体や三倍体などができる。
多倍体:四倍体など、染色体の数が通常より多い生物。突然変異や異種交配等により生じる。

【論の流れ】
・従来の「異種交配は子孫を残さない」言説は、染色体で説明されてきた。
例:ラバ。染色体数64本(ウマ)と62本(ロバ)の交雑種ラバは63本の染色体を持つ→63本の染色体を二つに分けられないので、子孫を残せない
・子孫を残す種の発見。蝶、ヒマワリの事例等
染色体の数を変えることなく異種交配で進化する生物(正倍数性交雑種)の発見
・異種交配が一度起きると、遺伝子に大きな変化が起こり、受け継がれることで差が広がる→進化の推進力
・多倍体は進化の行き止まりだと思われていた
・染色体の重複=生物の複雑性が増すこと
特に異種交配による四倍体(染色体が四組)は異質のゲノムの融合なので、遺伝子レベルでの共生発生と言える。
・遺伝子の多様性を維持するうえで、異種交配の重要性も認識され始めている。

【『鹿の王』との関連】
異種交配について全般
※直接の関係はないが、『鹿の王』では、異種交配の例がいくつか登場する。
大鹿の仔をはらむ雌の飛鹿、狼と山犬の交雑種(ロ・チャイ)など。


12章 人間は多倍体か

【全体】遺伝子が重複して進化の原動力となる四倍体化が人間にも起こっていたことを示す。また特定の遺伝子が重複/欠損する例から、病気との関連を説く。同時に病気を引き起こす遺伝子をオフにできる可能性を示唆する。

【重要な用語】
2R仮説:脊椎動物の進化の過程で、四倍体化が2回起きているという説。近年のゲノム解析で正しさが証明された。

【論の流れ】
・ヒトとチンパンジーは、異種に分かれた後も何度も交配し、遺伝子を交換し合っていた。
「遺伝子の数が多ければ、生物の複雑さが増す」傾向がある。ゲノムが重複し、遺伝子の数が二倍になれば複雑性が高まる。
・大野乾の2R仮説:脊椎動物の進化の過程で、四倍体化が2回起きている
→人の染色体中には4セット存在する遺伝子が散見されると判明。2R仮説と付合。
・特定の遺伝子の重複や欠損は意外に多く起きる。→それが健康を損なう変異になることもある。
・病気や障害が発生→その遺伝子の働きをオフにできる可能性がある可能性(次章以降に続く)


13章 遺伝子を操る魔神

【全体】エピジェネティクスを論じる。後天的に遺伝子のスイッチがオンオフされるエピジェネティックなメカニズムを説明する。またそうして変異した特性自体も遺伝することを示し、つまり遺伝に関わるのはDNAだけではないと主張する。

【重要な用語】
エピジェネティクス:後天的な作用により遺伝子の発現が制御されること
メチル化:DNAにメチル基(という科学基)が付加される(修飾される)こと。メチル化されると、遺伝子の働きに大きな変化が生まれる。
クロマチン:DNAとタンパク質の複合体。染色体は普通、タンパク質その他の分子と結びついているが、その全てが合わさった「パッケージ」をクロマチンという。

【論の流れ】
・一卵性双生児は遺伝子が同じなので、違いがあるとすれば遺伝子以外の要因のはず
・エピジェネティクスの語源:アリストテレスの「卵は生物の元になる構造を初めから備えているのではなく、構造は後から次第に作り上げられる」という「後成説(エピジェネシス)」
・ひとつの受精卵から多くの種類の違った細胞が生まれるのはなぜか?→遺伝子の発現を制御するエピジェネティックなシステムが存在している
・ではどのようにはたらくのか?
①メチル化の例:侵入してきたウイルスなどのDNAをバラバラに切断する制限酵素というものがあるが、そのDNAがメチル化されている場合、制限酵素は作用しない。→つまり、メチル化がDNAを見分けるマーカーとして作用している
②クロマチンの例:遺伝情報はDNAが伝えると考えられてきたが、正確にはクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)が伝える。→クロマチンはDNAやタンパク質を修飾(マーキングのようなイメージ)して、遺伝子の働きを変化させる
③アセチル基の例:メチル化と似た作用をする「アセチル化」を起こす
④機能性RNAの例:遺伝子のタンパク質への翻訳に干渉する
エピジェネティックな変異も遺伝する
→古典的なメンデル遺伝学のルールには従わない考え方。DNAだけが遺伝に関係するわけではない。エピジェネティックメカニズムも、進化に大きな役割を果たしているらしい


14章 新しい手がかり

【全体】医療や病気にまつわる例を通して、エピジェネティクスに対する理解が、病気の治療に役立つことを示す。

【重要な用語】
アセチル化:(前章既出。エピジェネティックシステムの一つ)アセチル基がヒストンというタンパク質に付加されると遺伝子の発現を促進する。

【論の流れ】
・後天的に雄化する魚の例(後天的に遺伝子の発現が変化している例)
・妊婦の食事に葉酸が不足すると胎児の脊髄の形成に問題が生じるリスクが高まる例(葉酸がメチル基を供給するため、不足するとメチル化できなくなる)
・遺伝子は、父母どちらからきたかによって、振る舞いを変えることもある(遺伝情報はやはり遺伝子のみから伝わるのではない)
・メチル化の異常と癌の相関関係:メチル化や脱メチル化が過剰に起きて、癌遺伝子を活性化させたり抑制遺伝子を不活性化させたりする
・エピジェネティクスと老化の関係。年齢とともにメチル化機能が変わる。
・一卵性双生児は同じ遺伝子であるはずなのに、かかる病気等が異なる。これはメチル化(や、他の要因で抑制)される遺伝子が違うから。特に歳をとるとエピジェネティクスの差異が大きくなる。
医療との関連
ヒストンのアセチル化を一つずつ操作すれば特定の遺伝子だけに影響を与えられる
意図的にDNAのスイッチをオンオフする実験
ゲノムコントロールの可能性が見えてくる
7章冒頭の「進化論研究の意義とは?」の結論

【余談】
NHKスペシャルで似た話を見たことがある気がする
↓シリーズ 人体II 遺伝子 特別版 第2集「“DNAスイッチ”が運命を変える」


15章 旅の終わりに

【全体】これまでをまとめる。ダーウィン以来の進化の総合説を更新し、進化の推進力となる様々な要因をまとめる。その上で、その推進力は病気の原因ともなりうるため、その解明は医療に一石を投じ得ると述べる。

【重要な用語】
進化の木:生物が共通の祖先にはじまり、子孫へ枝分かれしながら進化して行く様子を木にたとえたもの。幹に共通祖先、枝葉に各種生物が示される。

【論の流れ】
・本書執筆中に出会った研究者の意見を提示する
・ウイルスを一種の生命体と考えねば真の理解は得られない
※以下本書の振り返り
・進化の総合説「進化は突然変異と自然選択によって起きる」を現代化すべき。突然変異以外にも共生発生や異種交配、エピジェネティクス等、進化の原動力はある。その原動力に自然選択が作用し、進化が生じる。
・ダーウィン以来の「進化の木」にも修正が必要。遺伝子は相互に影響し合っている。わかりやすい枝分かれではない。「網」や「薮」のようなイメージに近い。
・ヒトゲノムの解析が進み、ウイルス関連の成分が非常に多く含まれることがわかった
進化の推進力は病気の原因にもなりうる→その解明により医療に一石を投じうる


まとめ(『鹿の王』との全体的な関連性)

『破壊する創造者』の全体的な主張は(冒頭にもあげたが)以下の通りです。

ウイルスは共生する生き物(共生初期には宿主を殺すこともあるが、その後は遺伝子レベルで融合が起こる)
②遺伝子レベルの共生は進化の推進力になり得る
③進化の推進力は病気の発生にも関係するので、遺伝子研究は医療の役に立つだろう


【前半との関連性】
『鹿の王』にそのまま利用されている事例が多かったように感じました。
・葉緑体を持つウミウシ
 (エリシア・クロロティカ)
・地衣類の説明
・ウイルスの「感染的淘汰」の話
同じような説明がホッサルやミラルの口から語られているので、『鹿の王』既読者には、理解しやすい事例も多いはずです。

【後半との関連性】
流石に遺伝子の話なので、そのまま使われることはなかったのですが、例えば11章の異種交配の話は『鹿』にもよく出てくる事例なので、興味深く読めそうです。

【全体的な関連性】
『鹿の王』のテーマは何かと問われると、様々内包しているので決め難いが、私は「共生」であると考えています。
特に「ウイルスと人間の共生」を「帝国と被支配民族の共生」になぞらえているようです。
単に「ウイルスと戦う人類」とか「帝国に反乱する辺境民族を鎮圧する」といった類の話ではなく、いかに多種多様な生物が混ざり合って生きていくかが根底にあるわけです。

『破壊する創造者』を読んで、この度新たに気がついたのは、
宿主の体内に入り込んですぐは、宿主に害を与えるが、その後は宿主と共生を始める」ウイルスのあり方が
東乎瑠帝国に編入された辺境民族が、反旗を翻しながらも少しずつ帝国に同化していく様子」と重ねられていることです。
またオタワル人のように、宿主を変えながらその中で自らのニッチを拡大していく人々もまた、ウイルスの在り方に近い気がしました。

よって『鹿の王』の東乎瑠という国の描き方自体が『破壊する創造者』に由来する面もあるのかもしれません。

ただ、「共生」の感覚は、本来上橋作品が持っていた特徴ですから、そこは注意が必要でしょう。もともと上橋作品は「自然や人間を善とも悪ともせず、ありのままを受け入れて生きていく」ような世界観を持ちます。
だからこそ、『破壊する創造者』が作者の目に留まったのかもしれませんが……。



以上、全部通して読んだ上で考えると
やはり『破壊する創造者』は『鹿の王』の副読本とか参考書とか言っていいレベルなんじゃないかという感想に至るわけです。
でも読むのはやっぱり大変なので、なんとなく理解したい方は、この記事を参考にしてみてください。


上橋作品については他記事にもまとめているのでそちらもぜひご覧ください。

読んでいただきありがとうございました。
宇宮7号

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