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とある冒険者の手紙

まず明記しておくことがあるよ。
この子は危険じゃない。でも、敵意を向けられれば相応の対応をする。例えば、駆除しようとしたり、とかね。
それだけはどうか、頭に入れおくように。

彼女を……あのモンスターを初めて発見したのは一ヶ月ほど前のこと。
当初見つけた時、彼女は……あー……なんていうか、うねうねしてた。そう、触手生物、触手型モンスター。顔らしき顔は確認できなかった。触手だけで構成された姿だったね。
場所はもうモンスターが狩り尽くされて無害化した森の中の、小さな湖。
彼女はその中心でうねうねとしていた。何を考えているのか、何をしているのかはさっぱりわからない。
さて。私がすべき行動はいくつかある。
一つ。逃げる。触らぬモンスターに祟りは多分無い。
二つ。戦う。というか駆除する。
三つ。話しかける。交流を試みる。
逃げるのが一番無難とは思う。逃げて、討伐隊に報告。だけどその行動には、私の好奇心という大きな障害がある。
そんなわけで私は接触してみることにした。出来るだけ敵意を見せないように、迷い込んだ風を装って。いざ茂みの中から湖エリアへ。

触手生物に変化あり。身じろぎしてこちらを見る…ような仕草だった気がする。
私はここで初めて触手生物に気がついたように振舞って、「こんにちは」と挨拶をしてみる。言葉が通じるかどうか心配だったが、はてさて触手生物はこちらをしばらく見つめた(?)あとしゅるしゅると私に近寄ってきた。
万が一を備えてこっそりナイフの準備をしておいたけど、ここで私はぽかんと口を開ける事になったのですよ。
触手生物、私のそばに来るやいなやぐにゃりと歪んで……たちまちちっこい女の子の姿になってしまった。
人型のモンスターはちょくちょくいるけど、人型になるモンスターなんて聞いたこともない。呆気に取られている私に対して、その子は「こんにちはー!」と元気よく挨拶をしたのだった。

互いに敵意が無いことを確認したところで、私は彼女から話を聞いてみた。
まず彼女の名前はウネと言うらしい。数年前からこの湖で一人暮らしているという。
何故一人なのか……という疑問はあまり持たなかった。
私は、触手型モンスターが何年か前に徹底的に駆除された事を知っているから。

触手型モンスターは触手による多方面からの攻撃と拘束、更に様々な魔法、おまけに厄介な変形能力、液体・気体状の毒まで網羅している危険なモンスターだ。今まで被害に遭った人間は数知れず。
そんな触手型モンスターの存在を消し去ろうと、長らく準備を進めていた国がついに総力を挙げて駆除を始めたのだ。
それ以降、触手型モンスターは全く現れなくなった……はず。だからこそ強く興味を引かれた。
生き残ったからには生き残ったなりの理由があるはず。その背景、経緯がとても気になった、というわけ。
まさか人間の言葉で話を聞けるとは思っていなかったけれど。

話を戻す。
一人で暮らし始める前は、他の触手モンスターと一緒に過ごしていたらしい。その中でもウネは産まれたばかりの子供だった。
人一倍変形能力に長けていたウネは立派に触手モンスターとして育っていく……筈だったのだけど、そこで例の駆除が始まった。
入念に準備されていただけあって、触手モンスター対策は万全だったようで。抵抗虚しく殺されていく仲間をウネは目の前で眺めるしかなかったと。
その時、お母さん……触手モンスターの母体、通称マザーテンタクルスの事だろう。マザーがウネへ母体の権限を譲渡し、そして体の小ささ・変形能力を駆使し逃げなさいと命令した。
これからの種族の行く先は、お前の選択に任せる。そんな言葉と共に。
かくして様々な姿に変形し人間の目を欺き逃げおおせたウネは、この湖に辿り着いた、と。
さて、ここまで聞いて私はちょいと危険を感じていた。いやまぁわかっちゃいたんだけれども、思いっきり復讐対象だなぁと。
果たして私は無事に帰れるのだろうか、と思っていた矢先、その事に関してウネが話し出した。

「心配しなくてもあなたには何にもしないよ」
「どうして?」
「私を殺す気ないでしょ?」
「そうだけど、そんな信じ切っていいの?」
「武器を全部取り上げても何にもしないから。多分、気づいてるよね?見た感じ、焦りもあんまりないしさ」

……実は、話を聞いている内に彼女の触手がこっそり私の武器を全て奪い取っていた。注意しなければ気がつかないくらいこっそりと。
敢えて気がつかないふりをしてみたけど、それもバレていたらしい。

「命知らずなんだねー」
「それにしては、何故かこの通り生きてるんだけどねぇ」
「変な人間だ」
「変な人間で助かりました」
「変じゃなかったら食べてました」
「ひぇぇ」

冗談みたいな調子で言っているけれど、事実変じゃない人間……例えば、討伐隊の人間とかだったら、彼女の餌食になっていただろう。
後から聞いた話だけど、湖周辺どころか森広範囲の状況を触手を根のように張って把握しているんだとか。最初から私は敵の胃袋の中に入っていたみたいだった。

「でも、あなたは変だから食べません。取り上げだ物も返してあげる。色んな質問にも答えちゃうよ!」
「それは有難い事だけれど、なぜ?」
「話し相手いなくて暇だったから。うん、うん、質問に答えるというか私から色々話しちゃいます」
「なるほど」

かくして真の意味で警戒を解けた私は、ウネについて詳しく訊いてみる事にしたのでした。
まず一番気になった、その姿になった経緯を。

「ここに逃げて来た時、これからどうしようっかなーって考えたのですよ私。仲間を増やすべきなんだろうけど、なんだか、ちょっと違う気がしてきて。そのねー…今のままじゃだめな気がしたの」
「仲間を増やしていっても、また人間にやられちゃう。別に、人間の強さは変わってないんでしょ?私が少し数を増やしたところで、結局はたぜいにむぜい、ってやつ。もうちょっと違う方向からやってみないとなぁって思って」
「とりあえず人間の姿を真似っこしてみる事にしました」

この時彼女はえっへんと胸を張っていた。この姿に慣れるようになるまで数年かかったんだとか。
見た目だけで話すと、たしかにまさか触手型モンスターとはわからないほどの変形。変身と言っていいレベルだったね。

「私ね、人間と話してみようって思ったの。できたら仲直りしたい。過去の仲間がしてきた事は知ってるけど、どうにか折り合いをつけられたらなって。“私たちは何もしない、だからあなた達も何もするな”……そんな感じにできたらいいなって思ってる」
「その為には、まず話せるようにならなきゃでしょ?あといきなり殺されないような姿じゃないと。そんなわけでこんなんなりました」
「最後適当だね」
「めたもるはちょっかんです」

所々子供っぽい、というかほんわかした所があるものの、彼女は彼女なりに母体として役目を果たそうとしているようだった。

「……でも、どうやって人間にそれを伝えようかなって悩んでてさぁ。あなたみたいな変な人間ばっかりじゃないんでしょう?多分、触手モンスターって聞いただけで殺されそうになると思うんだよねぇ……」

これを読んでいるあなたはもう察している事でしょう。
私はこう言いました。

「じゃあ私があなたの事を教えてあげよっか?」
「え、いいの?」
「こうして出会った縁だし、流石にここまで聞いといてほっとけないし。いいって事ですよ」
「わあい!いっぽぜんしん!お礼にうねうねしてあげ

あとは省略、と。

そんな訳で、彼女の存在、そして意思を伝えるべくこれを書いた次第です。

地図は描いておくけれど、まさか焼き討ちにとかいかないよね?
せっかく友好的な意思を示しているのに、それを踏みにじったりしないよね?
とりあえず一度交渉してあげてほしい。私も同行するし、安全は私が保証する。
だけれど、最初に書いた通り、これだけは忘れないように。
彼女は敵意を向けられれば、それ相応の対応はする。

どうか獣ではなく人間らしく、賢い話し合いをするように願います。

追伸
異形の姿になるのに抵抗が無いならば、彼女にうねうねびーむを撃ってもらう事をお勧めする。
自在に触手に変身できるようになるんだけど、めっちゃ便利だから。これ書くのもすごい捗った。
片腕だけとかもいけるから是非とも是非とも。

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