楽しむ為に

(後編)
(ガラケーに残ってた趣味で書いた話を発掘したものだよ)





————。

そうして、楽しい時間はもう過ぎていっちゃった。
……君の疑問は、これで解けたと思うけど。
ねえ。
私からも質問、していい?

————。







「ねぇ、あなた」
「ん?」

振り向いた顔に、愛用の棍棒をぶち当てた。

「——————ッ!?」

なにが、あった?
視界が歪み、身体の操作が効かなくなる。
…………どうして、妻が、俺を殴るんだ。
背中に衝撃。遅れて、自分が背中から倒れたと認識した。
身体がうまく動かない。

「ふ、ふ」

妻が、何かを持っている。
……包、丁?

「抵抗しないでね」

するに決まってる。
何故だと問いただす前に脳が「逃げろ」と警告してくる。
ここは二階の通路、奥に進めばまだ逃げられる!
……くそっ、立てない。這っていくしかないか……!

「あら、逃げるの?逃げたって何にもないのにね」
そんな言葉を気にしている暇なんか無い。
とにかく、逃げ————

「……おかあさん、なにしてるの?」

扉が開く音。

「————!駄目、だ。部屋に……」

娘が、出てきてしまった。
この光景を見せちゃ駄目だ。この子は、関係ない!

「あ、ごめんね。起こしちゃった?」

やめろ……この子に話しかけるな。
せめて、この子にはなにもしないでくれ……!

「……おかあさん、それ……ほうちょう?」
見るな……!それ以上見ちゃ
「あ、もしかしておとうさんころすの?」

…………え?

「そうよー。手伝ってみる?」
「うん!」

娘が、笑顔で包丁を持った。

……なんだ、これ。

なんで妻は俺を殺そうとするんだ?

なんで娘は俺を殺すのを喜んで手伝うんだ?

なんで二人とも、そんな楽しそうなんだ?

なん

◼️

「————あはははは、あはははははは!あはははは——ぁっ」

狂ったように笑った後、倒れた娘を受け止める。
……やっぱり、この子もそうなのね……

「…………?」

ふと、異変に気がつく。
私には、なにも起きない。
これは……

「……とうとう、来ましたか」

人を殺す。
それがとても楽しくて、でも殺してしまえばもう楽しくなくなる。
だから、もう一度楽しむ為に楽しんだ事を忘れた。
それが、今までの私。
でも、今私は人を殺したけど、楽しいとは思わなかった。
ああ、いや……殺してる間は楽しかった。けど、殺した後、もう一度楽しみたいとは思わなくなっていた。
飽きてしまった、という事か。
だからもう、私には人を殺す理由が無い、
そして、無くなって……

「…………あら……」

気がついた。
なんにも楽しくないということに。
気がついた。
人殺しがつまらなくなっただけで、他のことがつまらないのが変わらない、ということに。
なら、私は何をして楽しめばいいのだろう?

「…………」

ふと。娘に目が行った。
この子は、あの頃できなかった事をさせてくれる人だ。あの頃の私に、子供なんて居なかったのだから。
……もしかしたら、その“できなかったこと”の中に私が楽しめることがあるのかもしれない……

「よろしくね」

この子なら……私に、生きる意味を与えてくれるのかもしれない。
目を覚まさない娘を、優しく撫でる。
もちろん返事は無かった。

………………………………。

「おはよう、おかあさん」
「おはよう」

娘と私には、違う点があった。
私は、楽しさをもう一度味わいたいが為に、全てを忘れる。
しかし、娘は違う。
娘は、人を殺した事も、そして今までのことも覚えていた。
殺した後狂い笑ったのも、ただただ楽しかったからだそうだ。楽しくて楽しくて楽しくて、気がついたら気絶していたらしい。
楽しすぎて気絶するとは……私が娘くらいの頃はどんな風だったのか全く記憶にないけれど、多分それを凌駕するとてつもない楽しさだったんだろう。
……が、今は人を殺すのがつまらないようだった。
すぐに飽きて、そのうちまたしたくなる。それが、私の娘の性格だ。
これは私としてもとても嬉しい事だった。度々自分の子に自己紹介をしなければならないと思うと、気が重い。
嫌な事は嫌。
極々普通の事でしょう?

「おとうさん、どうするの?」
「お父様に頼むわ」

夫に対しては感謝しているようだ。それは私も同じ。
私の最期の人殺しが夫なんて。
ああ、最後に貴方を殺せるなんて。
その楽しさも今は錆びついてしまっているんだけれど。
……そういえば、私はお父様の悲願である殺人衝動の無い人間になった。
となると、もうお父様からの苛烈な保護は受けられなくなるのだろうか。
少し複雑。

「どうしたの?」
「なんでもないよ」

……まず、この子への保護はあるのは間違いない。
いつまで過保護を続けるつもりなのかしら、あの人は。

「おかあさん、きょうのあさごはんは?」
「おにぎり」

………………………………。

「おかあさんー。あきたー。」

飽きっぽい性格は、かなり面倒だった。
遊びを考えても考えてもキリがない……まぁ、すぐにまたやりたくなるらしいけど。
無論、人も結構な頻度で殺していた。
うまく殺せなかったら手伝ってやる。別に、人殺しが嫌になったわけじゃない。
つまらなくなっただけ。
興味が失せただけ。
技術はまだ身体に染み付いていて、教えてやるのに嫌な感情なんて全く無い。
ただそれだけの単純明解な話。

「ほんと、飽きっぽいわねぇ。次は……」

それも。夫を刺してから数ヶ月経ったものの、私の“楽しいこと探し”は何も進展が無い。
娘を楽しませる事で精一杯だから、自分の事に手が回らないのだった。
でも、私はこの子の母。
何よりも優先すべきはこの子なんだ。

「……えぇと………」

…………そう。私が幸せにならなくたっていい。

…………この子が幸せになる、それだけで…………


「…………………」
「おかあさん?」

……そっか。

何だ。単純な事だった。
“楽しいこと探し”は……とっくのとに終わっていた。
ほら、目の前にいるじゃないか。
大切な物が。

「……さぁ、まだまだ遊び足りないでしょ?“一緒に”、楽しも?」
「……?どうしたの、おかあさん」
「なんでも」

人を殺す頻度は、やはり徐々に少なくなっていった、
私も人を殺し続けて、確か13歳の頃だったか。殺した後でも、ある程度の記憶が残っていたらしい。
私の中に残っている、一番古い記憶がその頃のことだ、
それより前の事は言葉や文字で教えてもらっていた。
その頃から、殺す頻度が減るにつれて、残る記憶も増えていった。
そして今……私の中から“人殺し”という遊びが完全に消えた状態に至る。
この子も、いつか人殺しが完全につまらなくなるのだろう。

…………その時は……

……助けてもらいなさいな。私のようにね。



「はい。誕生日、おめでとう」
「わぁ……でっかいね」

8歳。
頻度はさらに減った。大体、一週間に一人殺すか殺さないか位。
それでも私より頻度は多い……らしい。私の場合は“殺すのが楽しい”ということを忘れていたけど、この子の場合は“殺す事にすぐ飽きる”だけ。私より頻度が多いのは必然だ。
そういえば、少し前にあの人……お父様が亡くなった。
別に感謝してない訳じゃない。葬式にも出席したし、涙も流した。
だけれど、悲しみなんかより、何よりも優先すべきはこの子だった。
私より生きる“意味”。私がここに存在する“理由”。
それがこの子。

「おいしい?」
「うん」

ああ、それと。お父様の過保護はまだ継続中、
後継者の人がお父様と同じことをしてくれている。お父様に頼まれたのか、それとも自分でそうしたのか。
ともかく、これから先もまだまだ“遊んで”あげられそうだった。
……これから先も、か。
この子も、いつかは私の元を離れていくのだろうか。
考えたくもない事。絶対に離したくない。
あなたが居なくなったら、私が“私”で在り続けられなくなってしまうから……でも、引き止められないんだろうな。
その時こそ、私は本当に目的を失ってしまう。
その時は……

…………。









「おかあさん」

「なぁに?」

「ころしたい」

「お母さんを?」

「うん」

「…………そっか」

「だめ?」

「良いよ。良いけど……心配なの」

「あなたは私の命同然。私はあなたが幸せになればそれで良い……私を殺す事で楽しめるなら、それで良いの」

「だけどね。私が居なくなって、その後ちゃんと生きていけるのか……それだけが、心配」

「……ありがとう、おかあさん」

「だいじょうぶだよ。おかあさんがわたしをそだててくれたから、もうだいじょうぶだよ」

「だから」

「ころされて」




………………………………




語り終えた私は、意識を思い出から現実に向けた。

「それで、それっきりだった」

現実に向けて、“君”に向けて言う。

「そうして、楽しい時間はもう過ぎていっちゃった」

君は黙っていた。
私が話した事に驚いているのか。
私を狂った人だと思っているのか。
それはまぁ、間違っていないのかもしれない。

「……君の疑問は、これで解けたと思うけど。ねぇ、私からも質問、していい?」

無視されるかとも思ったけど、君は頷いてくれた。

「ありがとう。それじゃあ、訊くけど……君にとって、楽しいことって何かな?」
「……本を読んだり、あとご飯を食べたりとか。まぁ、あんまり意識したことないからわからないかな」
「そっか」

君はそう言って、他にも“楽しい事”を探してくれているようだった。

「私はね、おかあさんを殺したのが最後。それっきり、もう飽きちゃった。私もおかあさんと同じように、目的を失っちゃった」
「だから、ずっと笑わなかったんだ」
「そう」

楽しい事はもう何もない。見つからない。
今、高校生になるまで……ずっと探してきたけれど、何も見つからない。
賞を取っても楽しくない。
褒められても楽しくない。
合格しても楽しくない。
でも嫌な事は嫌だった。
むかついて怒ることもあった。
悲しくて涙を流す事もあった。
私の表情からは、“笑顔”だけが消え失せていた。

「辛くは、ないの?」
「辛いよ」

即答した。
嫌な事も感じない方が良かったと、今まで何度も思った。

「楽しかった頃を知ってるから、もう全部がつまんない。プラスの感情が無くて、マイナスだけが増えてく……想像できないよね、そんな世界」
「……うん」

君は頷いた。
ここで“わかる”なんて言われてたら…最悪、つまらない殺しをしていたかもしれない。
あくまでも最悪、だけど。そんな簡単にわかってたまるか、って。

だから……なんだろう。嬉しくは、ないけど……
妙な気持ちだった。嬉しい訳じゃない。でも、嫌な訳じゃない。
そもそも、私が他人に自分の事を話すのが初めての事だった。
すぐに誰からも話しかけられなくなった私に、初めて普通に話しかけてきたのが君だった。
仲良くしている気はなかったし、ただ会話をするだけ。いくら話しても私の心は渇いたまま。
そんな私に君が質問してきたのがついさっきのこと。
放課後、もう誰も居なくなった教室に、私と君が二人。
私が話したのは、覚えている限りの子供の頃の事。
沢山人を殺してきた事。
おかあさんを殺した事。
もう世界が楽しくなくなった事。
そして。「何故笑わないのか」、その答えを本当についさっき話した。
思えば不思議な事だった。話して、なんになるんだろうか。
むしろ殺人を告白しただけじゃないか。私にとって得になることは何も無い。
なのに、なんで?

「…………」
「どうかした?」
「ん。私、なんで君にこんな事話したのかわからなくて、少し考えてた。今まで誰にも話したこと無かったのに何でかな、って」
「そうなんだ。じゃあ、僕が初めてってことか」
「そうなるね」

そう言った君は、何だか嬉しそうにしていた。
それも、よくわからない。

「そうだね……多分、僕が質問したからじゃないかな」
「あ……確かにそうかも」

でも、やはり疑問が残る。
何で君は私に話しかけたの?
何で君はそんなことを訊いたの?
謎はまだ消えなかった。
それと、あと。
大事なことを訊き忘れていた。

「……ところでさ」
「ん?」
「君、怖くないの?」
「何が?」
「私」

それは、大事なこと。
とても大事で、大切で、
…………あれ?何で、大事なことなんだろう?

「……?」
「ちゃんと聞こえてた?私が怖くないのかって訊いてるの」
「どういうこと?」
「だって……自分の目の前に居るのが何なのかわかってないの?」

若干、声に苛立ちが混じる。
こんな事までわざわざ言わなきゃならないのか、と。

「人殺し。同族殺し。人類の裏切り者。それが目の前に居るのが今の君の状況なんだよ?わかる?」

そこまで言って、君は「あぁ」とやっと理解したかのように声を漏らす。
それがまた苛つく。
理解したなら早く回答しろと、言葉には出さず思って、

「怖くないよ」

…………よく理解できなかった。

「……怖くない?」
「うん」
「怖くないの?」
「うん」
「何で?わからない。どうして?今にも殺されるのかわからないのに」
「君が言ったでしょうに。“もう殺すのに飽きた”って」
「そんなの……また楽しくなる可能性とか考えないの?」
「僕が思うにさ、君って普通の人だと思うんだ」

そこで、唐突に言われたその言葉で、頭がこんがらがってきた。
君の言う事が良くわからない。理解ができない。処理が追いつかない。

「何、言ってるの?わからないよ」
「楽しい気分になりたいから楽しくなる事をしてきた。それって当たり前だよね。みんなやってる事だ」
「けど私は」
「人それぞれでしょ?君は偶然それが人殺しで、偶然それが許される立場にあった……そういう事だったよね」
「…………うん」
「それで、さ。もしまた人殺しが楽しくなったとしたら……また君は殺すのかな」
「……殺すよ。多分、そうなる」

確信があった。
私は今、楽しさに飢えている。別に楽しくは無いけど、今は“楽しみを探すこと”を目標にして生きている……そんな私が、殺さないわけがない。
だからそう言った。

「殺さないね」

言ったのに。

「君は優しいから、今はもう殺さないよ。そうに決まってる」
「え……何、でそんなこと言えるの?私の事何も知らないでしょ」
「さっき話してくれたからわかった」
「それだけでわかるわけが」
「わかったんだ」

急に、本当に急にどうしたんだろう。
いつもと違う。なんだか、怖い。

「君はもう人を殺さない。君はもう人を殺せない」

洗脳でもするかのように。君は続ける。
何を言えばいいかわからない。どうすればいいのかわからない。
黙る私を見て、君は笑った。
笑って。
カッターを取り出して。

刃を出して。

その先を自らの首へ向け


「……ぁ?」

突き刺し


「駄目っ!!!」

その前にはたき落した。咄嗟の行動だった。
君に何も傷がついてないのを見て、とりあえずほっとして、
それで叫ぶ。

「急に何してるの!?ねぇ!」

君は笑ったまま。
でも、死にたい人の顔のようには見えないし、狂った人のようにも見えない。
普通の笑顔。

「ほら、止めてくれた」

君はそう言った。
その言葉で、急激に苛つきが消えていってしまった。

「止めてくれた、って……普通、止めるでしょ」
「そうだけどね」

……普通。
君はさっき言っていた。私は普通の人だ、って。

「何で僕を止めてくれたの?」
「だ、だから普通止めるでしょ?クラスメイトが自殺しようとしてるのよ?」
「でも、君に得がある訳じゃないよね?」
「……えっ、と」

言葉が詰まってしまう。
確かに、無い……かも。
……無い?本当に?
自問自答して、答えに自信が持てない。想像してみよう。君の自殺を止めなかった場合の今を。
君が死んだ、時の————

「……あれ……」

なに?……怖い。
何だか怖い。何が何だかわからなくて……だからこそ、怖い。
意味不明な恐怖。
恐怖……君が居なくなる事に対しての?
それって。

「……。得、あるよ。君が居なくなったら、何だか怖いの。怖いのは嫌、だから」
「……ほら、優しいじゃん。ありがとう」
「……!」

優しい、か。
そっか。これが……

「……ねぇ。幾つか、訊いていい?」
「いいよ」
「もし、私が止めなかったらどうしてたの?」
「うーん……あのまま刺しちゃってたかも」
蹴った。
「痛った!?」
蹴った。
「ちょっ、痛いって!ご、ごめんごめん」

とりあえず気が済んだから、次の質問に移った。

「……一番気になる事だけど。何で、あんなことしたの?」
「あぁ、えっと……多分、君を助けたかったのかな。僕ってお節介焼きだから……って自分で言う事でもないか」
「うん、そうだね。……君はお節介焼きだよ」
「言われちゃったよ」

そう言って、君は笑う。
さっきと同じように。

「かと言って、あんなことするなんてどうかしてると思うんだけど」
「僕も変なのかな?」
「変だよ」
「君が言うなら、そうなんだろうね」
「……どういう意味?」
「何でもない何でもない」

きっと今、君は“楽しい”んだ。
私はずっと前に忘れてしまった“楽しい”、それを君は示してくれている。見せてくれている。
……………よし、決めた。

「……ねぇ、お願いがあるんだけど」
「ん、何かな?」
「その……え、と。君さえよければ、さ」

「私の“楽しいこと探し”……一緒に手伝ってくれないかな」



おかあさんは、つまらなくなった後に、私に“楽しさ”を見出した。

おかあさん。今、わかったよ。
当たり前の事だけど、気がつけなかった。
きっとおかあさんもこう思ったんだよね。

……一人で遊ぶより、二人で遊んだ方が“楽しい”!




子供ができた。




やはり、私の子も同じ。おかあさんと、私と同じ。

あの人は、私の子が人を刺すのを見たとき、流石に何も感じなかった訳じゃなかったらしいけど、受け止めてくれた。
子供を産むか産まないか……将来の事もそうだけど、何より問題だったのが予想される“楽しみ方”。
私は見慣れているけど、あの人は普通の人だ。あまりそういう光景は見せたくなかった。
けれど、あの人は約束してくれた。「大丈夫、受け止める」って。

けれど、それは嬉しかったけど。
私が、子供を産むのを躊躇う理由は別にある。


私はおかあさんを殺した。

そして今、この子は私を殺したいと、そう言っている。

この子は私とまるっきり同じなんだ。

この子は私を殺して、楽しみが無くなって、あの人みたいな人を見つけて、自分の子に殺される最期に至る。

きっと、少しの違いがあってもそんな風な道を辿るのだろう。

私たちには呪いがかかっているのかもしれない。“殺人衝動”という呪いが消えるまで、ずっと続いていく連鎖。

誰がかけたかわからないその呪い、それの為だけに、何人もの人が生け贄に出される。

私たちの呪いは、少しだけ、世界を傷つける。
すぐ埋められてしまうような小さな傷だけど、世界にそんな影響を与えるだろう。

……けれども、そんな事はもうどうでもよかった。
死ぬか、死なないか。そんな選択を目の前に突きつけられている私に、そんな事を考える暇なんてなかった。

この事は、次の世代に任せるとしよう。

次の“私”に、任せるとしよう。

だから私は、私の事を考えよう。



「殺したいの?」
「うん。どんなかんじなのか、すごくきになるの」
「……やっぱり、だめ?」

…………駄目、じゃあないんだよ。
ちゃんと生きていけるかどうか……いや、違うかな。
私を殺して、私と同じような思いをするのなら、させたくないってだけか。
それと、もうひとつ。
私に“楽しみ”を思い出させてくれた、あの人が心配。
いくらこの子でも、あの人は殺してほしくない。私に寄り添ってくれたあの人には、狂ってる私の側に居てくれたあの人には、せめて普通の死を迎えて欲しかった。

「……ひとつ、訊いていい?」
「なに?」
「お父さんも、殺してみたい?」
「うん」
「…………」

やっぱり、ね。
私もお父さんを殺した。この子もやはり同じ道を辿ろうとしている。
だけど……

「駄目。私だけで我慢しなさい」
「えー……」
「ほら、包丁持って」
「……うん」
「刺すところ、わかるよね?」
「うん、もうおぼえてるよ」
「それじゃ、はい……」

「どうぞ」




あ、れ?

ぜんぜん……

「たのしく、ない……」

そう気がついたのは、おかあさんに深々と刃が刺さった後。

「……ぁ」

血、が。
血…………血!

「ぁ、ぁあああ……!!」

死んでいく。おかあさんが死んでいく。
何で止めなかったの?殺したら死ぬってわかってたのに————

「おかあさん!やだ、やだぁ!!」

おかあさんから熱が消えていく。
心臓、が。
どんどん、弱くなっていく。

鼓動が、こどうが
わかんなく

——————。


おとうさん
ごめんなさい、おかあさん、ころしちゃった

大丈夫……では、無いけど。心配しなくていいよ
ごめんなさいって、謝る気持ちになれたなら……おかあさんも、きっと喜んでる

ほんと……?

ほんとだよ。さぁ、何かして遊ぶ?

……うん

▲▲▲

——前話した変な話、覚えてる?

ああ、あの変な子の話な。

——あれ、実は本当にあった話なの。

……え?

——本当にそんな子が居たの。その子は成長し、子を産み、その子もまた殺し、成長し、子を産み……そうやって、血が繋がっていったの。

……まさか、お前……

——そ。私、その子孫よ。

……ひ、人を殺したことがあるのか?

——ううん、無いわ……でも、あなたを殺すわ。

っ……!?

——もう、終わったと思ってたのにね。今更、殺したくなるなんて思ってなかった。おかあさんもおとうさんも喜んでたのに……

く、来るな!!

——ごめんね。でも、お願い。私たちのために

殺されて。


…………まぁ。そりゃ、そうなるかな。
殺した事の無い私は、殺す技術も持っていなかった。
だから、返り討ちに遭うのも、当たり前か。
しかし……殺さなければ、普通に死ねると思ってたけど、考えが甘かったみたい。
どちらにしろ、私は普通に死ぬ事は許されないようだ。

ごめんね、あなた。

あなたは本当に普通の人なのに。人を殺させてしまって、ごめんなさい。
私は今に至るまで普通の人間だった。
だから、おとうさんみうな人にも巡り会えなかった。
だから……こうなってしまった。

でも、嬉しい。
これでやっと“呪い”が解かれる。

私は今に至るまで人を殺したいとは思わなかった……だから、七人目のあの子はもう普通の人として生きていけるだろう。

……そっか。私は、六人目だっけ。

同じことを五回繰り返して、やっと、六回目で変化ができた。


これで良い。


行き先は、多分地獄だろうけど。


もし、おかあさんたちに会えたら……教えなくちゃ。


やっと終わったよ。




やっと普通に楽しめるよ。




やっと




▼▼▼

六人目が心残りなことが一つあった。
七人目、自分の子の将来のこと。
自分の夫はあれならどうしたのだろう。
七人目を、殺されると思って殺してしまったりしてないだろうか。
心配だったけど、最早知る術も無い。

それから夫が、七人目がどのように生きていったのかは……想像に任せる。
多分、どれも正しいから。


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