楽しい時間

(前編)
(ガラケーに残ってた趣味で書いた話を発掘したものだよ)





◼️

くらい、へやです。
くらくて、なにもみえません。
なにかがあるのかもしれませんし、なにもないのかもしれません。
ゆいいつわかることは、このばしょに「わたし」がいるということです。
でも、「わたし」がいるということしかわかりません。

「わたし」がだれなのか、わかりません。



▲▲▲

リビングで夫と紅茶を飲んでいた、いつも通りの普通の昼。
私は、ふとある事を思い付いた。

——ねぇ、あなた。ちょっと変わった話を聞かせてあげる。

私がそう言うと、夫はどんな話?と聞いてきた。
私は答える。

——ちょっと変わった女の子の、ちょっと変わったお話よ。

▼▼▼



とある部屋。
僕は、担当の人から説明を受けていた。
それをする場所、そこにいつ行けばいいのか、そこでどうすればいいのか。
様々な情報を全て飲み込み、早速その場所へ向かう。

……僕は、お偉いさんが直々に人を募集した、ある仕事に就く事が出来た。
本当に運が良かったと思う。どう考えても仕事の内容と給料の量が釣り合っていなかった。
なんせ。

その内容が……今、扉を開けた部屋の中に居る少女。
目の前で可愛く首を傾げた、この子と遊ぶ事だから。



なにも見えないくらい、暗い部屋だ。
色んな玩具が置かれた部屋の中心に、その子は一人座っていた。
少女はだぁれ?と首を傾げたまま質問する。
質素な白い服を着た、可愛らしい女の子。
部屋の闇に溶け込むような黒い髪はかなり伸びていたが、手入れはされているらしく艶があった。

「あ、えーっと。今日から、君と遊ぶことになったんだ」

そう質問に答えた。
少女はしばらくきょとんとした後、すぐに笑顔になった。

……本当に、こんなことであんな大金が貰えるんだろうか。
騙されてるんじゃないか、と思ったがどうせここ以外の仕事には就けないだろうし、騙されたとしても同じことだ。
なら、貰えるかもしれない大金にすがった方がマシだろう。
さて。
まず名前を聞いてみた。
少女は、わからないと答えた。
……記憶喪失?
これは後で僕の担当に確かめる必要がありそうだ。
とりあえず、僕は少女を「きみ」と呼ぶことにして、少女は僕を「おにいさん」と呼ぶことにしたようだ。

………………………………。

一通り、遊んだ。
この子は本当に楽しそうに遊ぶ。
こうしたい、これをしたい、と飽きることなく次々とお願いする。こちらとしても、楽しい。

……規定の時間が来た事を腕時計が知らせる。
僕が立ち上がると、かえっちゃうの、と少女が悲しそうに言う。
僕は「また来るよ」と少し頭を撫でてあげて、部屋を出ていった。


「すみません。あの子、記憶喪失なんですか?」

仕事が終わるなり、担当に訊いた。

「……はい。訳あってお伝えする事はできませんでした。すみません」
「いえ、少し驚いただけなので」

それだけ言って、僕は家へ帰った。正直、それどころじゃなかった。
……本当に大金が貰えたから。
僕は本当に運がいい。


◼️

なにもないようにおもえたへやに、ひかりがさしました。
すぐにへやがあかるくなって、いろいろなおもちゃがすがたをあらわしました。
ひかりがさすほうをみると、だれかがたっていました。
だれ?ときくと、そのひとは「今日から君と遊ぶことなった」といったのです。


わたしは、なんだかうれしくなりました。
いままで、いつからかはわかりませんが、だれかにあったことなんて、だれかとあそぶことなんて、だれかとしゃべることなんてなかったからです。
ああ。
もっと。いろんなことを、いろんなはじめてを、したいなぁ。
だれかにさわる。
だれかにさわられる。
なにかをもつ。
なにかをてばなす。
なにかをなげる。
なにかをうけとる。
ああ。ああ。ああ。
そうぞうするだけでも、たのしくてたのしくてどうかしてしまいそう。
はやく、やりたい。
はやく、はやく、はやく。

………………………………。

かんがえつくことを、できるだけたくさんおにいさんにおねがいしました。
おにいさんはおねがいしたことをぜんぶしてくれました。
とてもたのしくって、とてもうれしくって、しあわせで。
でも、とつぜんおにいさんのうでからおとがなりました。
そのおとにきがついたおにいさんが、たちあがります。
どうしたんでしょう。もしかしてもうおしまいなんでしょうか。
いやだ、まだあそびたい。まだやりたいことはたくさんあるんです、まだまだ……
かえっちゃうの、とおにいさんにききました。
おにいさんは、「また来るよ」とわたしのあたまをなでてくれて、そしてへやからでていきました。

ばたん。

とびらのしまるおと。
へやが、またなにもみえなくなります。
このへやのなかのせかいで、にんげんはわたししかいません。また、ひとりぼっち。
またあそびたいなぁ。
またあいたいなぁ。
わたしのあたまは、それだけでもういっぱいです。
つぎはなにをしようか、なにをしたもらおうか。
つかういみのないめをとじて、ただただかんがえつづけました。

また、あえるときがたのしみです。


「今日も、お願いします」
「はい」

担当に会釈し、あの子がいる部屋へと足早に歩く。なんだか足取りを軽くなった気がする。
仕事に就いてから数日。
すっかり“仕事”にも慣れ、むしろ毎日毎日早く始まらないかと楽しみにしているくらいだ。
金は貰えるし、内容自体が楽しいし。
最高だ。

「やあ」

僕がいつものように挨拶をすると、あの子が変わることのない笑顔を見せた。
——これをころがして。そしたらそれをわたしがうけとる。
そんなことを言った少女。
最近はずっとこの調子だ。この子が僕に「おねがい」をして、それを僕が叶えてあげる。
一つ一つ叶えてあげる毎に、この子は暗い部屋には似合わない笑顔を見せてくるのだ。
とても、可愛い。


◼️

きょうも、おにいさんがやってきました。
うれしくておもわずえがおになってしまいます。
まずは、おにいさんにこのぼーるをころがしてもらいます。そして、それをわたしがうけとるのです。
またひとつやったことのないことがなくなりました。
つぎは、つぎは、つぎは。
まだまだやったことのないことはあります。
ぜんぶやったら、どうなるんでしょう。
きっと、とってもたのしいはずです。ぜったいにおかしくなるほどに、ぜったいにくるうほどに。

そのときがたのしみです。

いったいどのくらいしあわせなんだろうなぁ。

そのためには、もっともっとおにいさんにやってもらわなきゃいけません。

むちゅうで、あそびつづけます。


一週間後。
さらに気分が良くなった。
普段は滅多にやることない鼻歌を歌うほどだ。
今自分が地球で一番幸せなんじゃないかとさえ思う。
いけない、と思いつつもやっぱりそう思ってしまう。それほどまで気分が良い。
さあ、あの子の部屋の前だ!

………………………………。

……いつも通り、少女と遊んでいた。
しかし、なんだか様子がおかしい。一緒にぬいぐるみをバラバラにした途端、困ったような顔をして動きを止めてしまった。
この子のそんな顔を見たのは初めてだった。
すぐにどうかしたのか、と訊いたが、少女は表情を変えず黙り込む。
そんな顔されては、こっちも困ってしまう。
色んな遊びを提案するが全て首を振って拒否されてしまう。
……弱ったな。
どうしていいか分からず、時間が過ぎていき、腕時計が鳴りだす。
……帰るよ。と声をかけ、扉へ向かう。
少女は、黙り込んだままだった。


「……そうですか」

担当に事情を話した。
どうやら心当たりがあるらしく、難しい顔をしてしばらく考え出す。
そして、

「申し訳ありませんが————」


◼️

そろそろくるかな、とおもったときにおにいさんがやってきました。
あともうすこしで、おわります。もうすこしで、たのしくなれます。
わたしは、はりきっておにいさんにおねがいしました。

………………………………。

ぬいぐるみをばらばらにして、ぐちゃぐちゃにしました。
これでさいごです。
やりたいことが、おわりました。
……けど、なんだかすっきりしません。
なにか、わすらているようなきがします。とてもたいせつで、だいじなこと。
いくらかんがえてもおもいだせません。
なにをわすれたんだろう。
なにがたりないんだろう。
だめです、おもいだせません。
どうしよう、このままじゃ、ずっとたのしくない。
このままじゃずっとあそべない。
おにいさんがいろんなあそびをいいますが、くびをふります。
ちがう。ちがいます。もっと、たのしいことのはずなんです。
おにいさんがかえっても、わたしはかんがえつづけました。


◼️

おにいさんがきません。
とてもかなしいです。わたしがあそばないから、いなくなってしまったのでしょうか。
ああ、ごめんなさい。でも、おもいだせないんです。
きおくをたどっても、おにいさんがさいしょにやってきたことしかおもいだせません。
なんで、わすれてしまったんでしょう。だいじなことなのに、なんで。
じぶんをせめます。じぶんをせめつづけます。
それでもたりないきがして、じぶんになにかかたいおもちゃをおもいきりぶつけてみました。
いたいです。
けど、なにか、おもいだせそうなきがしました。

だからじぶんをなぐって、なぐって、なぐって、なぐって、なぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐってなぐって。

わすれた“なにか”に、てがとどきそうなかんじがします。

……もうすこし。

もうすこし。



もうすこし!



一日の休暇。
それは、何故か担当から言われたもの。
とにかくもう休暇は終わったんだ。早く、あの子の所へ行こう。

………………………………。

あの子の部屋の前。
そういえば、あの子はあれから大丈夫だったんだろうか。
元に戻ってるといいが……と思いつつ扉を開けた。
すると、いつにも増して嬉しそうなあの子の笑顔があった。
……でも、良かった、とは少しも思えなかった。
笑顔を浮かべている少女は、身体中に痣があった。誰かに殴られた痕。
どうした——叫ぶ前に、少女が口を開いた。


◼️

ああ、おにいさんがやってきた。
やっとおもいだしたんだよ。
わたしがやりたかったこと。
わたしがのぞんでいたこと。

「おにいさん、わたし、おもいだしたの」

何を、といいたげなひょうじょうをするおにいさん。

「わたしが、なにをしたかったのか。やっと」

そうして、わたしはおもちゃのやまのなかから、“やりたいこと”にひつような、くろいものをとりだす。
それを、おにいさんにむけた。
ひどくおどろいたようすのおにいさん。
おもい。ちゃんと、ねらいがつけられるかしんぱい。

「おにいさん」

こたえられそうにないようすだったから、かってにつづけた。

「いままでありがとう」

ひきがねをひいた。


ぱぁん。


乾いた炸裂音。
肩にかかる衝撃。
一瞬の閃光。
おにいさんの額に空く穴。
それら全てが終わると、おにいさんは背中から倒れていった。驚いた顔のまま。

……私は、というと。

「——ひ、」

全身が、震えて、止まらない。

「ひ、ひひ、」

嬉しい。楽しい。

「ひぃ、あ、は、はははははははははははははははははははっ!!」

倒れた“物”から紅い液体が流れ出る。
キラキラしてて、鮮やかな色で、とっても綺麗。
なんて素敵なんでしょう、なんて楽しいんでしょう。
こうやって人を“物”にするのが、とてつもなく楽しい。
この喜びを、この幸せを、なにかで表したかった。行動にしたかった。

だから、笑った。

狂ったようにひたすら。
笑うことでしか、嬉しさを表現できそうになかったから、笑い続けた。
あははは。
あははははははははは。





——永遠に止まることの無いと思えた幸せも、次第に消えていった。
それに合わせて笑いも消えていき、そしてあることに気がついた。

……つまらない。

なにをしてもつまらない。
もう私の中には何も無い。
全部、終わってしまった。
もう、楽しさは感じられない。

「——あ、—」

いくら考えたって、もう忘れたものなんてものは無い。

————嫌だ、嫌だよ、まだ私は遊びたい、まだ私は楽しみたいの、だから嫌、いや、いやですわたしはもっとあそびたいんですもういちどたのしくなりたいんですだからあ、ああ、あああああああ
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


『あああああぁがぁっ』

画面の向こうで、娘が突然地面に崩れ落ちた。
すぐに人を送り、画面を消し、目を伏せる。

——これで、何度目か。
娘が初めて人を殺したのは3歳の時。
包丁を手に取り、使用人の首に突き刺した。
3歳児の力でも、包丁の鋭さがあれば人を殺せた。
娘はとても、とても喜び、そして気絶した。
数日後、目覚めた時には娘は全てを忘れていた。
当時は何もかもが分からなかったが、その三日後娘がまだ使用人を殺し、喜び、そしてまた気絶したのだ。
娘が目覚めると、やはり記憶が無い。
私はこう仮定した。自分の娘には、殺人衝動があるのではないかと。証拠に、娘は五日後にまた一人殺した。その後、大層喜ぶ。
自分の娘に殺人衝動があるのは分かった、しかしどうして気絶し、記憶が消えているのだろうか。
答えは簡単だった。娘は喜んだ後、悲痛な叫び声をあげた。
いやだ。つまらない。もっとたのしみたい。そう連呼する。
つまり、人を殺すのが楽しすぎて全てつまらなくなってしまったということだろう。
そして、その苦しみから抜け出す為に娘がとった行動は——

————全て、忘れること。

「……ふー……」

タバコを吸いながら、今までの事を思い返す。
初めて人を殺してから五年。人を一人殺す毎に、次に人を殺すまでの間隔が広くなっていた。いつか、消えるかもしれない、ら
だから、有り余る金で人々を釣り、娘に捧げた。
他の奴の事なんかどうでもよかった。ただ、娘が正常な人になって欲しかったのだ。
これは父として当然だろう。誰も文句は言えない。言ったとしても、それは間違っている。絶対に。

……さて、娘が殺す人間が居なくなってしまった。
また、誰かを探さなければ……



▲▲▲

——結局は、その子のお父さんも狂っていたとさ。おしまい。

私は話をそう纏めた。
本当に変な話だな、と夫が感想を言う。まあ、当然の反応だ。
ところで、そんな話どこで知ったんだ?と続けざまに質問された。

——どこだったかしらね。忘れちゃった。

そうか、と夫。そこまで興味があったわけじゃなかったらしい。
……最後に、一つだけ訊きたい事があった。

——ね。もし、この女の子がこの世界に居たら、今頃どうしてるのかしらね。

私がそう言うと、夫は“衝動が消えて平和に暮らしてるんじゃないか”と言い、すっかり冷めた紅茶を飲み干して家の二階へと上がっていった。
その背中を見送りながら、私は微笑む。


————あと、もう少しで、懐かしくて、楽しい時間が来る。
その時は、私と一緒に「遊んで」くれるわよね、あなた。


服の中に隠した包丁の刃を、指でなぞった。

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2

しくさ

なんか

雑多に置いておく
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