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TRIGGER

普段は開けない扉の向こうに、苦痛の記憶がある。きっとその思い出に比べれば何だって平気だ。何度でもそう言い聞かせては涙を堪えた。誰にだってそんないまわしい記憶があるだろう。

扉の取っ手に手を触れるだけで、手が震えて全身の毛穴から色んな汁が溢れ出そうになる。何かの拍子に扉を開け切る時があるなら、私はきっと崩壊する。人の身体は常にゆっくりと崩壊と創造を繰り返して流動的にその形を保っていると誰かが言っていた。その平衡を保とうとしているのは私の意志だ。扉の中の記憶に触れた途端に、弾ける水風船のように私は跡形も無くなるだろう。意志なんてそんなものだ。

痛みは誰かと共有することができない。あなたがどれくらい痛いのかは私には分からないし、きっと私の痛みも分かって貰えないだろう。だからお互いが想像しなければならない。可能な限りお互いがぶつからないように避けようとしないといけない。痛いのは誰だって辛い。

痛みを恐れてはいけない。痛みを避けて生きてゆけはしない。脈打つ痛みから逃げられないのならば、いっそ受け入れてしまおう。恐怖で震える足が自分の歩みを止めてしまわぬように。


#エッセイ


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