ONE PROMISE YOU MADE

棺に青い薔薇を入れてください。死に際に言い残すことがあるならこの言葉だろうな。青く染められた薔薇を見るたびに、劣等感や憤りを生きるエネルギーに変えてきた。自然界に存在しないこの花は、社会に居場所のない自分と似ていて、見つめているだけで引き合う魔力のようなものを感じる。存在し得ないこの薔薇は生きてると言えるのか、薔薇を見て思うことは自分自身へも通じる。

青い薔薇を見ていると、ぼーっと火を見ている時のように、肉体と精神が何かに支配され拘束されていく感覚が生まれる。安心とか、あたたかさとか、触れようにも触れられない苛立ちとか、いつか消えてしまう虚しさとか。全ての花は美しいけれど、きれいとか可憐だとかそんな事以上に、花を見てなんらかの力を感じるのは、きっとこの花だけだ。

しかし、私がこの花と一緒に死にたいということを知っている人は、おそらく2人しかいない。その2人とはもう離れてしまったのできっと私が死んだ後訪れない。それってすごく悲しいことだと気づいてしまった。私が何を食べているとかどこにいるかを多くの人に知ってもらうよりも、私が死んだ時には青い薔薇をいれてくれる人が1人もいないことの重大さを感じている。

普通に付き合いをしていて、誕生日を祝ってくれたり結婚式に呼べば来てくれるだろう友達は、私の棺に青い薔薇をいれない。そんな希望を言ったことがないので、そんなこと知る由もない。私はSNSをやめてしまったので、その願望を発信する機会もない。いや、SNSに急にそんなことを書いたところで、なにやら恐ろしいことを言っている奴だと思われるだけだ。SNSでは他者から認められるべき自分しか見せられない。そうなってくると、もはやその画面に映る自分は、自分と言えるのか分からなくなってしまって、辞めてしまった。

また、普段に、死に際の話をすることもない。それなりに楽しく過ぎ行く飲み会で、死ぬ前にしてほしいことを話す時間なんてない。今までの恋人にもそんなこと話したことはない。今この瞬間を、少しでも長く好きでいてもられるように必死なのに、死んだ後のことまで話す余裕なんてない。

かといって、仮に誰かが覚えてくれていたとして、青い薔薇と一緒に焼かれた所で、薔薇が私に何かをしてくれる訳ではない。死に顔を少しでも美しく見せてくれたり、腐った肉が燃える匂いを変えてくれるわけでもない。ましてや死んでしまっては隣に薔薇があるかどうかなんて分からないのだから、花を添えること自体に意味はない。それでも私は青い薔薇といっしょに消えたい。意味はないのに。

人が死んだ後の望みは、その人が息を引き取った瞬間から叶えてくれる側の善意に委ねられる。死を悲しんでもらえて、大切なものを思い出してくれて、最後にそれを一緒に入れてあげたいと思ってくれるなら、幸せなことはない。1人でも多く、いや、1人でもいいので、そんな人を作れたらなと思う。あいつが好きだったからと、青い薔薇をいれてくれる人がいてくれたら。そんな人が1人でもいてくれたら、この人生は間違えてなかったと言い切れるかな。

#エッセイ


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UNBILICAL

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