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人は何を破壊しようとしているのか

 血が滲んでいる。本を開こうとした時に紙が指先を裂いたのだ。薄く入った切れ込みから赤い血がじわじわと滲み、やがて雫となって指を伝う。私は、そうして自分の血を見たときに命を感じる。生きていることを思い出す。

普段は指を眺めていても自分の血を感じることはない。血液に酸素や栄養分を乗せて身体中に運んでいる様子は伺えないし、「中身」を隠す皮膚は例え傷ついても勝手に組織を修復し、本当の自分を守る良く出来た鎧とも言える。

しかし、私はこの皮膚を介している限りは自分の血液が何色かも知る事が出来ないし、食べ物を摂取し、消化しているのは確かなのに私は自分の胃の様子も知らない。友人とお喋りをしている時は自分の心臓の鼓動も忘れている。ましてや、鏡がないと自分の顔さえも分からないのだ。

この本を読み進めると自分の身体へ無神経さや誤解に気づかされる。私は自然にピアスの穴に金属をねじ込み、ファンデーションを顔に塗って、イヤホンで耳を塞いで電車に乗る。それが自らを破壊していると言う事を知らずに。

2013.3

鷲田清一「悲鳴をあげる身体」

#エッセイ

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