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#2 縁は異なもの味なもの

   季節は春めき、様々な心のありようを胸に秘めたまま、とうとう最終学年になってしまった。クラスも教室も担任も変わらずであったが、大きく周りの環境が変化していた。愛衣と七海、そしてことこが別のクラスになり、百合と一緒になった。出席番号の順番で前には万智、斜め前に百合がいることにキャッキャとしていた私はその時まだ、何かが少しずつ変わろうとしていた事に気づいていなかった。
普段から陽気な担任が、ここぞとばかりに張り切って出席を取っている。2年目となると、担任もそれぞれの人となりに合わせて何か言ってくるが、みんなそれなりに適当に返している。そんな中、比奈木優くんの名を呼ぶ担任の声が聞こえた。私は少しばかり驚き、彼のいる方へ顔を向けた。横顔だったが、確かに私の中で別の空間の人として存在していた彼が、そこにいた。勉強を頑張っている事は密かに知っていたが、学校より塾第一主義を唱えているのに冬の校内学力テストで上位100人の中に掲載されていたことにちょっと笑っていたこともあり、ちゃんとやる人なんだ・・・とは思っていたがまさか同じクラスになるとは思っていなかった。そして今この時から1年間、同じ空間で過ごすことに対しての期待と困惑を考えている間に私の名前が呼ばれ、いつもの通りのんびりと返した。

   慧くんは変わらずに同じクラスにいた。それは私の中でみんな変わらずにいる内の1人に過ぎなかったのかもしれない。2月のバレンタインを過ぎたころ、同じクラスの女の子に話しかけられた。
「ねぇねぇ以おり、慧くんにバレンタイン渡したの?」
熊川ちゃんはそう言ってきた。私はあまり表情を変えずに
「うん、仲良い子にはあげたんだ~」
とだけ伝え、彼女がその経緯を知った話を聞いていたが、私が彼女の恋敵と呼ぶには到底気持ちが足りない事に自分で気が付いてしまった。確かに興味はあるし、話をすると意外と面白くて楽しいとは思うが、彼の横にいたいと思うことや、付き合って、こんなことをしたい!というようなビジョンが全く見えてこない人だった。それだけ不思議で、魅力を持った人だったのだが、“恋”とはそういうものではないという事を熊ちゃんの健気な姿を見て思った。
友達だから、とか女子同士の面倒なことは避けたいなどの理由の前にしっかり自分の気持ちをリセット出来たら良かったけれど、1つどうしてもやりたくないことがあった。
〈嫌いになる理由がないのに好きでいることをやめること〉だった。「女心は秋の空」とよく言うが、他に好きな人が出来たから、この人の事好きでいるのをやめる。とか自分に何もしていないのに、この人私の友達にこんな事をしたから嫌い。なんて事は女の子の、ましてや学生のなかではよくあることだからこそ、やりたくなかったし、純粋に“好きの辞め方”が解らなかった。そこで私は慧くんに対する接し方は変えないことと、興味がなくなるか、嫌になる理由がもし見つかる以外は高校を卒業するまでの間だけ、好きでいようと決めたのだ。

   元々持っていた才能を幼少期に見つけられていなかったか、成長して身に付けたものなのか、木村は人の懐に入るのが上手い。ただモテているだけではなかったのだ。そのスキルを教室の隅々まで発揮している姿にもはや感嘆してしまうほどであり、お互いが旧知の仲である万智と面白がって見ていたが、比奈木くんもまた台風のようなパワーに飲み込まれている1人だった。学校の授業をほどほどに、という彼のスタンスはクラスの異端児であり、何事にも純粋に一生懸命な木村にとっては興味のある存在だったようだ。私はこの頃からブログを見ることをすこしずつ辞め、自分が目で見ている姿だけを感じようとしていた。万智は私の慧くんに対する以前の想いは知っていたが何もせず、ただ見守っていて欲しいという気持ちを汲んでくれていたし、百合には今の心境で伝えるべきことではないと思い、打ち明けることはなかった。百合は人間観察が得意で面白く妄想を繰り広げたり、想像力が豊かでセンスが良く、2人でよくファッションやお互いの興味のあるものを勝手な持論を掲げてはよく話をしていた。
私はいつも、男の子は髪型と服装さえ見れば性格も部屋の雰囲気もわかる。と言い続けていたが、学校という制服の規定がある環境のなかで私たちが唯一見つけた性格が出るもの、それが靴下だった。女子は靴下さえも指定があり、自己表現の隙さえも与えられていなかったが、男子は自由だった。制服を着崩して自分を見せるなんてダサい。お門違いだ、と言わんばかりに私と百合は“靴下品評会”と題して椅子に座った男子達の足首ばかり見ていた…。

   初夏も過ぎ、受験勉強も天気もより一層熱くなり始めたが、秋にある文化祭の話が担任と実行委員の百合から持ち出された。出店内容の話し合いと、全クラス参加のイベントについてだった。出店は、話し合いと多数決により[たこ焼き屋さん]に決まった。そしてイベントの内容は[カップルコンテスト]というものであった。男子2人がカップル役となり様々な賞を狙うそうだ。かっこいい男の子やかわいい男の子が周知され、女子が得しそうな面白い企画だな~くらいに思っていた。誰が出るかは後日投票する、ということでその日は終えたが、投票の日を迎えるまでに、クラスの大半の意見が慧くんと優くんの2人で、とまとまっていた。ただ、どちらが女装をするかは全く見当がつかない程、2人はクラスの中だけで考えれば似ている2人だった。投票の時間になり、私は少し考えた。慧くんは少し比奈木くんより身長が低く、可愛らしい顔立ちだったので、女の子役に慧くんを選び、2人の名前を記入した。2人は選ばれてしまう事は覚悟しているようで、自分がどちらになるか、1票ずつ、担任の発表に一喜一憂している様子だった。全ての開票を終え、女の子役に決まったのは私の考えとは相反して、比奈木くんとなった。
クラスの総意として慧くんと比奈木くんは受け入れ、決まったのだが、担任は誰がコーディネートしてあげるかは任せる。と言い、その日のHRは終わった。

そして翌日、木村から思いもよらぬ声がかけられた。


「優のメイク、伴に決まったから」

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