義務教育で得たひとつの教え

”学習”をする場の学校で大人から得た教えは恐らく脳に蓄積されるものがほとんどだが、唯一今でも心に刻まれた教えがある。

きっとどこの小学校でも行われているであろう日常的なイベント、

〈先生が1つの班に混ざって一緒に給食を食べ、交流を図ろう〉

特定の学年だけでなく、ひととおり行われていたはずだ。


高学年になった2年間、同じおばあちゃん先生で、緊張感はなく、みんなは和気あいあいと喋っている。私は普段からおしゃべりな方ではないし、ごはんを食べるのが極端に遅いほうだったので、いつも黙々と食べ進めないとならないくらい給食は戦いだった。あいづちや時々笑いながらも、会話はどんどん進み、好きな人の話になっていた。小学生は純粋だ。先生に耳打ちで話したり、こっそり班の子に教えたり、好きなタイプを話している子もいた。そんな中先生が、

「〇〇さんは好きなひと、いる?」

と私に問いかけた。突然のことでびっくりしたし、当時は学校に好きな人などはいなかったので

「タッキーがすきです!」と今考えてもそんな時期があった記憶もないほど適当もいいとこな回答をした。すると驚きの返答

「本当に好きな人は簡単に人に話したらいけないよ」

という言葉が返ってきた。・・・聞いてきたのそっちじゃんと思いながらもそっと心にとどめておくことにした。


そんな取るに足らない話の中で聞いた1つの教えだったが、結果的に中学生で3年間守り続けることになり、またその後の人生で大事な指針となっている。

その言葉の先で自分が見つけたことは、実際の好きな人、芸能人で好きな人それぞれいたとして、口に出して言ったとき、実際に会ってしまったとき、その先に続くものは、欲だ。



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ありがとうございます!まだ梅雨ですが、私の心は晴れました!
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undae

穏やかな日常と浮游した感情を紡ぐ 1992/ 暮らし 物語 エッセイ
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