傲慢

「口だけならなんとでも言える。しかしできないじゃないか。痛々しいからもう関わらないでくれ。」

高校三年、卒業公演間近だった4月中頃。準主役の同期が突然不登校になった。本番まであと1週間もなく、私達は慌てた。理由は分からない、兆候もなく突然消えたのだ。彼と古くからの知り合いであり、同じ部活をしていた谷迫は『昔からよくあったことだが、このタイミングかぁ……。』と苦しい表情で言う。

当時の私達は、不慮の事故によって全焼してしまった神社のためのボランティア募金公演、『神社再建祈願ミュージカル』の準備をしていた。しかし、準主役の彼が居なければ稽古がままならない。顧問も頭を悩ませていた。

彼は、文学部と兼部していた。元はと言えば、彼は高校一年のときに顧問に誘われ、最初は助っ人として、流れのままに演劇部に加入した人材であった。センスの塊とも言える人間だった、高校二年の時には主役に抜擢されていた。そして今回も。

稽古とも呼べなくなってしまった稽古の終わり際、私達はジャージから制服に着替えるのだが、ふと目についた、棚にあったノートを手に取る。それは彼のペンネームが書かれた、いわゆるネタ帳であった。

その夜、LINEで彼とコンタクトを取る。どのような内容を語ったかは覚えていない。しかし彼から言われた言葉ははっきりと覚えている

「アニメや漫画の見すぎじゃないか?そんなクサい台詞が響くほど、お前は立派な人間じゃないし俺は馬鹿じゃない。大人になれよ。」

「偉そうに言うなよ。俺がこうなるまでにお前は何かしてくれたのか?つくづく都合がいいな。」

「騙されないからな。お前は優しいふりをしてるだけで傲慢だ。周りの奴らはチョロいが俺は違う。」

「お前は色んな奴の相談役になっているらしいが、それで何か根本的な解決に向けたことがあるか?無いよな、お前に力は無いよ。だから歩美は不登校のままで退学した。違う?」

歩美という名前を聞いて、顔が熱くなった。彼女は高校一年の頃の同期である、私の初公演にして彼女と近い位置で共演したこともあり、仲は良かった。彼女は過度の潔癖症で、それに起因した軽い鬱を患っていた。相談も受けていたが、結局一年の締めくくり公演の直前にして消えた。最後に共演したのは、代役の先輩だった。

『……ネタ帳、置いてってるけど』
「なに、部室に来させるためのダシにする気?最低だなお前。」
『そんな気はないよ。しかし命より大事だと言ってたろ。』
「命より大事なものを置いていくわけ無いだろ。燃やしてしまえそんなもの。」
『は?』

本当に燃やしてやろうかと思った。だが後日、顧問と担任に引っ張られ渋々部室に来て私からノートをぶんどっては、

「本当に最低だなお前。」

その一言。私は何も喋ることはできず、彼は以前のように稽古に参加するのである。何もなかったかのように。そして、私と彼のやり取りを彼が晒したようで、部内で話題になった。『クサい台詞』がたちまちに散りばめられた私の文章は、彼らにとっては笑えるものでしかなかったのであろう。

そして時は経って卒業1週間前ほど、部活ぐるみで『3年生を送る会』が始まった。そして卒業生である私達は一言ずつ言葉を述べていくのだが、

「K(私の名前)に助けられた。あの時の言葉が無ければ、今私はここにいなかった。」
「Kが俺を誘ってくれて、一緒にバカやってくれたから、本当に楽しかった。」
「お前が副部長でよかった。」

などと、三年間付き合ってきた同期達が言う。しかし共に入部したうち、あの文学部の彼を含めた3人が、その場にはいなかった。

よくわからない感情に襲われた。私のやってることは正しいのだろうか、誰かのためになんとかしたいという気持ちは傲慢だろうか。身の丈にあっていないのだろうか、どこかの人は『なんとかしたいと言ってるうちは何もできない、本当になんとかできる人はなんとかしたいと言う前にやってるんだよ。甘すぎる。言葉は、思っている以上に重い責任が伴っている。』と言っていた。

そんな感情を抱く度に彼の言葉が、私が救えなかった約10の幻影が、突き刺さるのである。

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