プロローグ

中学に入学した頃、私はその女の子と隣の席になった。その子と同じ小学校の出身であるため、なんとなく顔は知っている程度だった。身長145cmと小柄であり、天然の典型的な阿呆の子だ。特に数学が苦手なようで、私はそれを教える形で打ち解けた。

私はその当時、二ヶ月で野球部を退部し、合唱部に所属していた。女子十人に対し男子一人だったこともあり、同じ学年の連中には変な面白い奴だと注目される。廊下を歩いていると知らない人間に突然絡まれたりした、何か歌ってよと催促される、イジられキャラとしての地位を確立した。しかも学年の教師公認である。私は非常に不愉快で苦手であった。

さて、そんな私の所属した合唱部は、文化部なので夏の大会、いわゆる中体連の大会開会式の行進曲の合唱組として、応援団として駆り出された。他の中学校の合唱部は基本的に女声なので、合唱部のブースに一人だけぽつんと男子一人、私が立っていた。大概このような応援団イベントのときは隣に吹奏楽部が居る。そこにクラスのその女の子がいた。クラリネットだった。

その子とは、音楽の話とか勉強の話とか、部活の愚痴とか教師の話で盛り上がった。基本的に私がからかい気味で、その子はあわわとした様子である。その様子を見るのがとても好きだった。思っていた以上に家が近かったこともあり、一緒に登校したり帰ったりする仲になっていた。天然で、おどおどしていて、どこかふわふわしていて、幼気な感じで、恥ずかしがり屋で、しかし好きなこと(吹奏楽)については熱心に語り、部内の人間関係についてどうにかしようと苦しみ、勉強に真面目に向き合っていて、妹が二人いて、しかし親はどちらも無職で家庭内の様子は最悪なのだとか。小さな身体に見合わぬ大きなものを背負っているような、そんな姿に惹かれていったような気がする。彼女は家にいるのが苦手で、近くの公園によく出没する。居る頃合いを見計らって夜の9:30頃に訪れ、一緒にお話したり、ブランコに乗ったり、空を見たりとのんびりしていた。それが日課となっていた。何度も涙を見た、恥ずかしそうな笑顔を見た、遠くを見つめた真剣な表情を見た。その目線の先にあるものを、私は知りたかった。目が合うことは一度もなかった。

秋の大会、野球部の応援団としての活動を終えて、一緒に帰っていた17時頃。少し公園に立ち寄る。冷たい風が吹き、私は震えた声で彼女に聞く。

「ねえ。」
『なに?』
「付き合ってる人とか……居たりする?」
 彼女は首を横に振る。
「じゃあさ、僕の言いたいこと、分かったりする?」
 少し間を空けてから、彼女は小さく頷く。
「……どうですか。」
 また少し間が空いて、彼女は小さく頷く。
「……それは、OKってこと?」
『……ひゃい。』
 裏返った小さな声で返事が返ってくるが、小さい身体は背中を私に向けて咳払いをしてから、
『さ、さあ、どうでしょう。』

はじまりだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?