一方通行

5℃の少しだけ暖かな風の口笛に乗せられて、ふわふわと空から雪が舞い降りる。一瞬、その白に包まれかけた世界に桃色を幻視する。ああ、また新しい『はじまり』が来る、そんな予感に私はゾッとした。どうあがいても時は経っていく。困惑する学徒を置いてけぼりにして教師は次のステップへ進めていく。あれほど頼りにしていた先輩もいなくなる、失恋する、貧困に苛まれる、絶望する、それでもまた生き続けてしまった。溜息をつく暇もなく環境も状況も目まぐるしく変わっていく。なぜこのままで居られないのか、どうしてこんなにも時間が足りないのか、しかしそれでも時間というものは残酷に変化を課題を与え続ける。立ち止まりたい、立ち止まれない、時間がほしい、時間がない。

変化という言葉が苦手だ。小学校のとき加入していたクラブは改築のために部室がなくなり、別のクラブへの移動を余儀なくされた。唯一親戚の中で私を可愛がってくれていた母方の祖母が、東北大震災によるショックで認知症になり、すぐに亡くなった。高校に上がるときに大家の都合だとか何とかで私の生まれ育ったアパートが取り壊された。助けようとした友人が何人も不登校になってしまった。高校の卒業式数日後、絶対死なないようなクレイジーな親父が肝硬変如きに負けた。そして最近だと一方的に別れを告げられ、8年の遠距離恋愛にピリオドが打たれた。実家に戻りたくなくなってしまった。

変わりたくなかった。何も変わってほしくなかった。でも、変わらなければならない時期、大学四年になる。何が起こるか分からない恐怖が常に心に渦巻いている。身の回りの誰かに異変が起きるかもしれない、人間関係が壊れるかもしれない、あの建物がなくなるかもしれない、何かしらのトラブルが起きて好きなことができなくなるかもしれない、お金が食べ物が尽きるかもしれない、明日私は死んでいるかもしれない……。

季節というものも大変だなと思う。交代交代で頑張らなければいけないのだから。もしかしたら、たまに起きる気象災害は空の世界のブラック環境への怒りなのかもしれない。自分の番になったらまた前年度と同じように淡白に働かなければならないのだから、また一年後にも、その次の年にも。

今でこそ変化してしまった、居場所も環境も状況も時間も私自身も。ふと振り返ると写真にすら残らなかった、歩んできた道が廃道となってそこにある。こんなにも愛おしいのに、好きだったのに、もう戻ることはない。前を向くと、寂しげな白い世界の向こうに、恐ろしい桃色が待ち構えていた。

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