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旅は、自分との出会い

中島俊郎,2020『英国流旅の作法 グランドツアーから庭園文化まで』(東京:株式会社講談社)

英国流旅の作法

旅とロマンと愛郷心

18世紀イギリスの旅行ブームが、英国人の精神史にもたらしたものは何だったのかを、簡潔にまとめた小著。

17世紀から、貴族の子弟が教育の仕上げとしてヨーロッパを旅行し、外国で知見を得るプログラムが組まれていた。これをグランドツアーという。この旅では、イタリア旅行が目玉となる。なんとなれば、イタリアではギリシア、ローマ以来の古典の伝統を体感する事ができるからである。グランドツアーで修得した古典主義は、教養生活の中に組み込まれ、支配階級の富と権力の証となり、貴族たちは競って庭園をつくり、誇示するようになった。これは、グランドツアー旅行者がイタリアで古典を学んだときに、実は新しい自国のあり方を発見していったと言い換えることもできる。異国への旅で出会うのは、いつも自分に他ならない。

やがて、ナポレオン戦争によりヨーロッパとの往来が難しくなると、英国人は古典に描かれる理想郷を、国内の湖水地方に求めるようになる。グランドツアーで培った感性を国内で満足させる、絵で見た風景・ピクチャレスクな景色を国内に求める、大きな転換である。ピクチャレスクとは優美な風景ではなく、崇高な風景と訳した方が良い、独自の美意識である。ここには、ギリシア・ローマの田園=アルカディアの伝統をイギリス田園が正当に引き継いだという自負の念もうかがえる。

こうした湖水地方での田園旅行と同時に、旅行者は、当時産業革命とともに発展してきた大都市ロンドンにも熱い視線を送っていた。多くのロンドン旅行記が描かれ、またロンドンの中に庭園が築かれていく。湖水地方の田園と都市の庭園に共通するのはナショナリズムである。グランドツアー以降発見された自国のアルカディアを誇る気持ちの発露とも言える。

以上の通り、英国流の旅行は、ギリシア・ローマの美意識を換骨奪胎し、産業革命が進む近代の感性を混淆させることにより、独自の美意識の形成に資した。



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