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犬派・猫派

【これも、必要があって某所で書いたものを改稿したものである。昨年(2021年)の11月ごろに書いたものだから、感染拡大状況などが現状と異なる。例によって、私に近い人は容易に特定が可能である。うっかり見つけてしまっても見なかったことにしてほしい。】

 時流を考えて流行り病のことでも書くべきだろうか。しかし私とて楽しくもない文章を書きたくはない。
 先日久しぶりに遠出したことから書き始めよう。

 東京の感染者数はだいぶ減少した。十分な対策をすれば、県境を跨がない外出ならばしてもいい頃合いだろう。そう思って、友人と南町田に出かけた。

南町田グランベリーパーク


 東京中心部から電車で町田市に行くためにはどうしても神奈川県を一度経由しなければならないから、厳密にいえば片道で県境を2回、往復で4回も跨ぐ。まあ、細かいことはいいだろう。
 東急田園都市線の南町田駅はいつのまにか「南町田グランベリーパーク駅」に名前を改めていた。長い。なんとも慣れない。しかしあれほど抵抗のあった高輪ゲートウェイ駅にはもう違和感がなくなってきたから、慣れるのも時間の問題だろう。

 遅刻魔の友人はどうせ遅れてくるので、特に待ち合わせ時間は決めなかった。私は昼過ぎに南町田グラ(略)駅に到着した。駅には巨大な噴水にスヌーピーが鎮座していて、改札を出るとそこはもうパークの敷地内になっている。パーク内は、人、人、人。平日なのに……と思ったところで今日が祝日であることを思い出した。連休中の、なんともお気楽な身分である。

とにかく人が多かった

 私が着いてから1時間ほどして到着した友人は人の多さに不機嫌だった。1時間ほど人波に揉まれた私も……そこそこに不機嫌だった。しかし、そんな私たちを思わずに癒したのは散歩中の犬たちだった。

 家族連れにカップル、ペットを連れた人たちで賑わう休日のパークで異色の男2人は、いつの間にか散歩する多種多様な犬たちに夢中になっていた。
 本当に、パークに出るとどこを向いても視界に犬が5匹はいる。チワワ、トイプードル、コーギー、犬種は分からないけどなんか大きいやつ。
 圧倒的犬派、選挙で犬党があれば迷わず投票するであろう私にとってはほとんど天国である。無邪気にあちこち走り回る子どもや酸素分子のようにくっついてふらふら歩くカップルどもがキャーキャーわいわい言うのは不快だが、犬はバウバウわんわんキャンキャン騒ぎ立てるのすら愛おしく思えた。

 もはや買い物などはどうでもいい。とにかく、犬に触れたい。平時ならまだしも、感染症のこともあって人のお犬様に触れるのは良くない。
 私たちはパークの隅のベンチに座り込んで、近くに犬と触れ合える場所はないか血眼で調べた。そうしていたら散歩中の小犬なんかが足元に寄ってきて……尻尾を振ったりするものだから……私たちは完全に平常心を失っていた。「関東  ふれあい」で検索して一番上に出てきた「つくばわんわんランド」に直行しようとしたほどには病的であった。幸いにも、わざわざ筑波山に登らなくても、都心に戻れば犬と触れ合える店があった。

 店のホームページには「当店所属スタッフ」と書かれたタブがあって、妙にピンボケした写真付きで「さくら」「リカ」「瑠璃」……というように犬の名前が紹介されている。私は決して見たことはないが、「そういう店」のホームページのようだ。
 無加工でもかわいいのは犬の特権だな、と感慨深そうに友人がつぶやいた。
 さらに、別料金を払えば気に入った子を指名して一緒に散歩に出かけたり、別室(VIPルーム)で触れ合ったりもできるらしい。店舗によるが、一泊二日の「お持ち帰り」もできるらしい。もう完全に「そういう店」だ。もちろん、僕は行ったことないけれど。

 ともかく、私たちは帰りの電車で店のホームページを見ながら「どうする?別料金で指名入れちゃう?」「さくらちゃん狙いだけど指名入っちゃうかもだから、開店に合わせて行ったほうがいいね」などと盛り上がっていた。
 周りの人は怪訝そうにこちらを見ていたが、犬と触れ合うことにどんなやましいことがあるというのだろうか。私たちは紹介写真で優しく微笑んでいたゴールデン・レトリバーのさくらちゃん(仮名)に狙いを定め、翌日開店時間の10時に集合することに決めて各々の帰路についた。


 翌日、遅刻魔は無事寝坊した。私が開店少し前に着いたところで「今起きたわ」なんて連絡をよこすものだから、お前のさくらちゃんへの思いはそんなものなのかと怒り心頭であったが、謝る気配がない代わりに延長分の料金は払うというので遠慮なく先に店に入ることにした。

私と小型犬sしかいない

 10分後、私は禅僧のような心持ちで国道を走るトラックを遠目に見つつ小型犬を撫でていた(冒頭写真参照)茶の湯の所作が近い。

 店に入ると淡白な接客の店員に「ただいま料金は自動延長制ですので」と言われてワンルームマンションの個室というには不格好な形の部屋に通され、まもなくエレベーターで搬送されてきた10匹以上の小型犬に囲まれた。店員は忙しいらしく、私を部屋に通して「ごゆっくり」と残してすぐに別室に消えた。

 初め5分、いや3分はまるで天国にでも来たかのような心地がした。しかし、はすはすと鼻息を鳴らしながら下北沢で買ったお気に入りのコートのボタンを齧り取ろうとする複数の毛玉に次第に恐怖を感じるようになった。

 ちなみに目当てのさくらちゃんは見当たらない。コートが十分よだれまみれになってナメクジの這ったような光沢が出てきたあたりで毛玉たちも飽きたらしく、うち1匹がちょこんと私の膝に座った。毛玉は生きているようで、じんわりと体温が伝わってくる。悪くはない。夢にまで見た光景だ。

完全に飽き始めた犬たち

 しかし、なにより客が私1人しかいないのだ。1人と10数匹。初めて訪問した人の家で突然ひとりにされたような孤独感。膝の上の毛玉はすぴすぴと寝息を立て始めて、ほかの犬は早々に飽きて水を飲んだり部屋の隅でプラスチック製の骨をがしがしと虐待したりしている。友人は1時間後に来て、昼前には2人で店を後にした。


 後でその友人と猫カフェにも行った。4時間以上はいた。猫はボタンを齧らないし、人間と心地よい距離を保つ理性的な生き物だ。やっぱり猫ですよね。私はもともと 犬派 猫派なので、猫はかわいいなと思いました。

猫はそう簡単にカメラを見てくれない
なんてふてぶてしい……
下の写真は辛抱強くカメラを向け続けてのベストショット。

 別の友人に短期間で犬猫と触れ合ったことを伝えたら「犬派と猫派の架け橋だね」と言われたが、どうだろう。
 この時の私は完全に猫党に転向していた。しかし、猫はそもそも心を許してくれないと触れ合いすらできない。愛嬌を売る営業は完全に犬の得意分野だ。
 他方、猫のそっけなさに魅力を感じる人も多いだろう。
 どちらも良い。犬派・猫派論争で「こいつが犬派じゃなければどうしてくれよう」「猫派じゃないなんておまえは人間じゃない」みたいな血みどろの闘いを繰り広げることはない。
 犬も猫もあくびをしながら、そんな論争はどうでもいいと思っているに違いない。

 家に猫がいながら堂々と猫カフェで浮気した遅刻魔の友人はSNSで「やっぱり家の猫がいちばんかわいい」とつぶやいていた。不愉快極まりない。

(注: 猫カフェ等を、いわゆる「はしご」することは、動物同士の感染症拡大対策などの観点から推奨されない。店のホームページ等でよく確認されたい。)

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