ひとつ鳴らす。

サーチライトが、つまりサーチするライトが、深夜を照らす、私を捜す。
私は捜される。サーチされる私、つまりサーチド私は無数のライトにサーチされる、でも見つからない。
勿論、理由がある。何事にも理由があり責任があり、吟味立て追及されて、召喚された担当者が重い口を開く。
「当社の設置したライトは無数である、と云う広告について、一部の記述が誇大であったことが判明致しました。誠に申し訳御座いませんでした。」
記者会見は紛糾する。怒号が飛ぶ。フラッシュが焚かれる。何かが落ちて踏まれて割れる。
つまりライトは有数であり、不連続なライトAとライトBの間隙をサーチするライトΦは概念的にしか存在せず、逃走する実存たるサーチド私にしてみれば、空集合ライト概念如きに噛まれたところで血も涙も認知も出ない。
サーチド私は遁走する。某社製サーチライトの幻想的なカタログスペックの粉飾数値をパパラッチして、付け入る隙に身を躍らせる。暗躍する。跳躍する。慢心する。油断する。被弾する。爆散する。終劇する?
でもお生憎、それは囮。サーチド私に良く似た私、デコイ私を構築して、放逐して、サーチライトを幻惑する。
サーチするライトにサーチされたサーチドデコイ私に火薬鉛が着弾して爆ぜる、斃れる、デコイ私(い)、デコイ私(ろ)、そしてデコイ私(は)が、元デコイ私(諸派)に変容しながらも千切れ飛んだ指で退路を示す、その情報をサーチしたサーチド私は更に跳ぶ。闇を振り切る。それは酷く、ねばねばする。足を取られる。転ぶ。呻く。立ち上がる。膝が笑う。高らかに笑う。お黙りなさい、膝。黙らない。夜に響く。聞きつけた衛兵が駆け寄って来る。手持ちライトでサーチする。私を捜す。手負いのサーチド私は逃げきれない。

ああ、夜は美しい。なんて。一体誰が云ったんだ?
別に誰も云いやしない?あっそう。兎に角潮時だ。

パチン。指を鳴らす。ひとつ鳴らす。私は消える。
私は消えて彼女が現れる。彼女の前に、男が在る。
男は俺で向かいの席には彼女が座っている、現在。

「ねえ?つまり結局、何が云いたいの?」と。彼女が云う。
「云いたい事、なんて、何故必要なんだ?」俺は云い返す。

それからふたりは、俺と彼女は、見つめ合う。
疎通しない意志と思想、ブレイクダウンしたコミュニケーション。
繰り返し繰り返す、完了しないファーストコンタクト。

そんなふたりを眺めている私は、しかしもういないのだろうなと私は思うし、そう思う故に私はいないし、私を捜すものもいないし、私はロスト私になって、もうここにはいないし、きっと何処にもいない。さみしくないよ。

/了 (20210613)