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氏は「堺雅人の妹、可愛くなったなぁ」とTVに向かってつぶやいて、たぬき寝入りしていた私は吹き出した。なんだ起きてたのかと言いたげなびっくりする氏に「寝たらいいのに」と笑いながら訊いたら「さみしい……」と照れたように答えた。「バレンタインはご家族でやったのですか」「やってない」。スマホを見せてきた。砂漠の上に家族で登っていた。息子2人、S氏、S氏のお母様だろうか、年配の女性が1人。「息子さん大きくなりましたね」。思ってもいないことを言って、興味がなかった。「うん、何歳かな、たぶん8と10」と答えた。雑魚寝をして2人してスマホを覗き込んだため距離が近かった。S氏はおそるおそる、私の目を見て顔を近づけた。来るのかもしれない。そう思って覚悟を決めたが、私は負けじと氏の目を離さなかった。そっと,唇をなぞるように重ねた。そして、ゆっくり顔を遠のけた。私の反応を見たいような目をしていたので、私は口角だけをあげ、作り笑いをした。本当はにやけて、そのまま股間を蹴り、両手首を握って押さえつけ、もう一度唇を重ねたかった。しかし、我慢した。なんとなく、やったという感じが出ていたからだ。S氏は唇を開き、「ほんとはライブの後半、台本なんてないんだ。ゲストより彼女を優先させることがある」と早口で意味のわからないことを言っていた。「そうですか。」高鳴る胸を抑え、「では。」と帰った。

夢から覚めて自らの唇をなぞるとひどく乾燥していた。私はこのことにふ、と笑ってしまった。

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