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彼岸に彼女は何を見るか (幸祜PLAYERⅡ)

 正直、自分は幸組と言えるほど幸祜の活動を熱心に追っているわけではない。リリースされる楽曲やカバー動画はよく再生しても、彼女の人間像や理念にそこまで明るくはない。
 そんな自分でも、この時間は彼女の生き様を強く刻み込まれるほどに強烈だった。

・ SINKA LIVEの役割

 今回の内容に深く触れる前に、SINKA LIVEにシリーズついて少し語りたいと思う。
 SINKA LIVEシリーズは2023年3月4日の不可解参(想)をEP.00として始まった、バーチャルライブシリーズだ。KAMITSUBAKI VERSE PROJECTの1つとして神椿市の世界観を描く、計6つのライブシリーズ。2023年6月18日に行われたEP.01「ヰ世界情緒 2nd ONE-MAN LIVE AnimaⅡ -神椿市参番街-」が魅せたように、幻想的な神椿市の世界観と魔女の織りなす旋律が掛け合わさり、まるで一つの映画のような作品へと仕上がっている。他プロジェクトの関連やシリーズを通してのコンセプトなどもあるだろうし、アーティストのワンマンライブという主目的以外にも副産物が多く引っ付いているが、それらの思惑がもはや気にならないほどにこの時間が作り出す体験は圧倒的なものだ。このライブシリーズが始動する前はワンマンライブにノイズが入ると懸念していた観測者も少なくなかっただろうし、実際自分もその一人だった。が、それら一抹の不安をAnimaⅡは圧倒的な満足感を持って吹き飛ばし、次の魔女へとバトンを渡した。

 今回のタイトルはSINKA LIVE SERIES EP.02 幸祜 2nd ONE-MAN LIVE「PLAYER Ⅱ -神椿市肆番街-」。もはやここに疑念や不安の介入する余地はなく、自分はただ幸祜の魅せるパフォーマンスに期待と覚悟をしていた。
 SINKA LIVEのメリットの一つとして、バーチャル世界ならではの大規模な演出が挙げられる。ステージ全体どころか会場そのものを全て舞台装置とする大胆さであったり、MVを思わせるような演出であったり、アーティストに至近距離まで近づくカメラワークであったりと、リアルライブでは出来ないことをすべてやり尽くすかの勢いで演出を行っている。
 それら全てが主役であるアーティストの魅力を最大限に引き出しているのだ。特に第一部、「事象の測地線」と呼ばれる空間はステージ以外にほぼ光が下りていない。主役である彼女らの魅力を最も魅せるため、それ以外の要素を排除しているのだろう。逆に第二部で神椿市へと訪れてからは、ステージライトやタイポグラフィは一切なくなり、神椿市世界観を味わえと言わんばかりにその風景を見せつけてくる。
 また今回に限った話ではあるが、幸祜チームはバンドメンバーを一新し更に一体的なバンドサウンドを作りあげている。神椿のライブアレンジには毎回驚かされるばかりだが、今回はまるで暴風を浴びているかのようなインパクトとパワーがあった。楽曲の持つ魅力と幸祜自身のエネルギーを最大限まで引き出せる、最強の布陣と言えるだろう。

圧倒的なビジュアルで殴りに来たらもう納得するしかないじゃん

 前置きが長くなった。本題に入ろう。


・神椿市にて

 今回のライブを観るまで、自分が幸祜に抱いているイメージは「アグレッシブさ」そのものだった。楽曲たちから伝わってくる強くあろうとする姿と、シンギュラリティライブ2や神椿Fes Day1で見せた力強さ。それらが彼女に抱いているイメージだった。
 とはいえ、時折見せる悲哀の感情や、その深さが計り知れないことも薄々感じていた。事前にメンバーシップ限定で公開された1st ONE-MANの「PLAYER」を見た時、彼女の過去が語られる中で「どうせ生きるしかないのなら、一緒に楽しみたい」という言葉が妙に心に残っていた。振り返れば2年前のあられライブの楽曲にも後ろ向きの曲がいくつかあり、そういう一面も併せ持っているだろうとは思っていたのだが、それが気にならないほど自分が観測していた彼女は鮮烈だった。
 どちらが本当の彼女なのだろうか。少しだけ、そう思っていた。
 第一部のMCにて「今日のライブが終わった頃には私自身も大切なものを見つけたいと思ってます」と語った時、直感で「この人は今から何かに向き合うのか」と察した。
 
 幸祜は様々な楽曲を披露しながら神椿市を巡る。
 今回のライブでは、ポエトリーリーディングの中に「クロノスのオルゴール 時間の歯車が奏でる」「過去と未来が融合する響きの中で」と、時間に関する言葉、特に過去や未来に関する言葉が出てくる。また、MCでは「全てを皆さんにぶつけるので」「届いてますか」と、全力でぶつかってくる覚悟があることが端々で読み取れる。
 各詳細は友人の残機0氏のライブレポートで詳細に語られているので是非読んでいただきたい。マジで熱量がハンパない。全三部です。
 (掲載許可ありがとうございます愛してる😘)

 
 さて、今回のPLEYERⅡで最も重要なのは、彼女が語った過去についてだろう。
 今までの生い立ちの事、学生時代や今に至るまでの話、PIEDPIPER氏始め神椿との出会い。ここで深堀りすることはしないが、彼女はそれまでの過去を一つ一つ語った。先のMCでもあった通り、自分の内面をさらけ出すことは恐ろしいことである。それが彼女にとってどれほど怖かったかは計り知れないが、生半可な気持ちで語ることは出来ないだろう。
 正直な所、今まで彼女は「向こう岸から救いに来てくれる存在」と思っていたが、それは違った。過去に暗い影を持ち、それでもなお立ち上がって「同じこっち側で一緒に生きようとしている存在」だった。
 憶測や想像で彼女の過去を考えることはしたくないし、何より彼女に対して失礼すぎるのであまり踏み込みたくないが、それでも彼女が今まで抱えてきた苦しみがどれほどのものだったか、そして幸祜の語る幸せや救いの意味がいったいどのような物なのか。幸組でなかった自分でも、理解するには十分だった。
 そして彼女が最後に歌った曲「ゲンフウケイ」は幸祜そのものを表す曲であり、それまでの過去を受け入れる、優しい歌だった。


・ゲンフウケイが作るもの

 幸祜が何を想ってこの歌を書いたのか、それはライブパンフレットにて詳細に語られている。自分が感じたのは「ある種の恐怖があったのではないか」という点だ。ライブ全編を通して、彼女の顔には時折覚悟のような表情が見えた。最後に待ち受けるこの曲に向けて一つ一つ歌い上げるような、覚悟を。

 MCで語られたように、自分の内面をさらけ出すことは恐怖を伴うし、歌にするとなれば尚更のことだ。自分の経験や記憶を元に詞を書き、曲にするという行為は、それ自体に「受け入れられなかったら、馬鹿にされたらどうしよう」という恐怖がある。辛かった過去を語り、それを元に歌を描き、それをライブで歌い上げる。幾重もの恐怖と重圧に立ち向かうため彼女が積み上げた覚悟は、どれだけのものだろうか。自らが負の感情を残している時間と向き合い乗り越えるための勇気は、どれだけ必要だったろうか。
 それでも幸祜はこの歌を歌いあげた。「過去を殺してみたかったんだ」と否定したかった自分を、目を背けたかった自分を、今の自分を形作るものだと受け入れて。MCで「過去の自分を受け入れて好きになりたい」と語られたように、乗り越えて先の景色を観るために。

 これは個人的な思惑なのだが。多分、彼女は決して強い人間ではないと思う。訪れる苦難を全て払いのけられるような先天的強さは持ち得ていない。それでも、自らと向き合って答えを出し、不条理に流されず、運命や世界と呼べるようなものに拒絶されても何度でも立ち向かう。覚悟の強さと、それを成し遂げる意思。彼女は、「強く在り続けることが出来る人間」なのだ。
 彼女の持つ苦しみや過去の影、それらに対する想いや、それでもなお立ち向かうことを選んだ意思が、彼女を幸祜たらしめる最大の理由なのかもしれない。時に抗い、時に受け入れ、時に嘆き、時に諦め、それでもなお立ち上がろうとする。それが彼女の歌だ。
 その姿が、どれほどの観測者の生きる力になっていることだろうか。自分は今、幸祜にとても感謝している。
 
 ところでこれは創作に関わる人間は少なからず共感できると思うのだが。
 作品として何かを生み出したとき、自分の掌からすり抜けてそれ単体が意思を持つかのように錯覚する瞬間がある。あるいは、過去に生み出したものが今の自分の証明となり、支えたり、力になることがある。特に自分の想いをこめたものなら尚更だ。この歌が彼女にとってどのような存在なのかは推し量るしかないのだが、きっとこれから先のどこかで、今以上に特別な意味を持つ歌になるだろう。
 ライブで披露することで、この歌は完成した。今、彼女は蜃気楼の先に何を見ているのだろうか。


・おわりに

 自分がこのライブで感じたものを現すならば「勇気」だろう。運命に立ち向かう覚悟や、乗り越える力強さ。強く生きていいんだと、立ち向かっていいんだという勇気。幸祜の姿を見ていると、不思議とそういうものが湧いてくる気がするのだ。自らを奮い立たせるための鎧を、言葉を分けてくれる。「隣に立っている距離感」と彼女が言ってくれるように、共に生きてくれている。その事実にとても感謝しているし、隣に並んで立てるようなplayerに自分もなりたいと思う。
 ここまで言っといてなんだが、実際彼女が見ている景色は観測者には見えないだろう。それは自分の過去を乗り越えた者だけの特権で、見ることが出来るのはその人間一人だけだ。幸祜が見ている景色は彼女だけのもので、そこから先は彼女にしか見えない。だから、我々観測者が見ているものは、彼女の背中だ。強烈に今を生きる、彼女の姿と生き様そのもの。
「私たちは、終われないから。」
 幸祜の言霊は、きっとどこまでも進むだろう。


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