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真実の口

26歳にしてプーさんのぬいぐるみで遊ぶのにハマっている。
自分がこの歳でこんなことになるなんて思いもしなかった。

郵便屋さんと同じ布団に潜り、スマホからのブルーライトを瞳孔に吸わせていると、頬にフワフワとした触感が伝わる。
郵便屋さんがプーさんの手で私をつついているのだ。
「プーが、いるよ」
郵便屋さんがまったりとした語り口で黄色い腕の中へ誘なう。
そんなことをされたらもう、応じずにはいられない。
郵便屋さんとプーの方へ向き直る。

最近、プーさんの物語の舞台になった森が山火事の被害に遭い、一部燃えてしまったというニュースがあった。
私は心の底からプーさんの物語のファンであったが、そのニュース記事にあった「20エーカー燃えた。」という表記には不謹慎ながら吹き出してしまった。
郵便屋さん扮するプーは言った。
「80エーカーの森だよ」
悪趣味だ。
そんなユーモアが我が家のプーのたまらなく好きなところだった。

この頃の私は仕事や人間関係に疲れ、真剣に転職を考えるなど精神的にかなり参っていた。
郵便屋さんと一緒に居ても涙が出てくることがあり、楽しい気持ちには到底なれないようなこともあった。
いつもの様に布団に潜ると、またフワフワが私を包み込んだ。
私は不意にプーを抱き上げると、郵便屋さんに向けて声真似をしながら言った。
「死にたいよ」
郵便屋さんは大声で笑った。
私も久々に心から笑った。
我が家のプーが悪趣味に拍車をかけていった結果、私の本音は『絶対にプーさんが言わないこと大喜利』になっていたのだ。
その瞬間「死にたいと言ってこんなに笑えるなら、全然大丈夫だ」と根拠のない自信が湧き上がってきた。

その後もうちのプーはズバズバと本音を言い、政治を斬り、世論を斬った。

それからしばらくしたある日。
私は低用量ピルを飲んでいる為、普段は避妊をせずに性交していたがピルを飲みきり月経が始まる週にさしかかろうとしていた。
今月はまた一度もしていなかったのでセックスレスに近い。
「今日でピル飲み終わるからしばらくH出来ないよ」
私がそう言うと郵便屋さんはプーの手をそっと私に添え、声真似をしながら言った。
「ゴムがあるよ」
そうだ。この世にはコンドームという避妊具があった。

今度は真理を教えてくれたプー。
私達はこれからも真実を語る口としてプーの力を借りていくかもしれない。


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