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あたしのソレがごめんね④

四章 -ソレがくれた思い出-

あの日から私たちはバイトが無い日もボート屋に寄って蛾次郎くんと話した。
蛾次郎くんは大工になるのが夢で高校に行かずお師匠さんの所で修行しているのだという。
「この前のあれ、凄かったよね」
「あぁ、がっちゃんのかんながけ?」
「そうそう!ペラペラペラ~!ってさ!木がベールみたいに透けて綺麗で」「カッコよかった?」
朝美がニヤニヤして小突いてくる。図星だ。
朝美に嘘はつけない。

楽しくないことも自分に不利な状況も全てなぎ倒してガッツポーズを取るような蛾次郎くんのパワフルさに強く惹かれた。
その魅力は朝美の輝きに似ていた。
二人とも私に無いものを沢山持ってる。

「今日あたし日直で遅くなるから先にボート屋行ってて!」
「わかったー」
朝美も蛾次郎くんと出会ってから顔色が良くなったように見える。
朝美が元気だと私も嬉しい。
蛾次郎くんとそのまま結婚すればいいのに。
そしたら私は嬉しくて結婚式のスピーチを何時間もしてしまうかもしれない。
……嘘。
私が朝美の晴れ舞台で人前に何時間も立つなんて無理。
だって私は……。

何年間も封印してきた記憶の金庫を開けてしまった。

私たちがまだ幼稚園児だった頃のこと。
鬼ごっこをして朝美や友達と園庭で遊んでいた私は別の子が積んでいた積み木を蹴飛ばして顔面から派手に転んだ。
「あはははは!!!おもしれー!!」
積み木を蹴飛ばされた子は私の滑稽な転び方を指さして笑った。
その瞬間、私は3年という短い生涯の中で最も憤慨した。
積み木を部屋の外に持ち出すのはルール違反なのだ。
園庭は走り回るための場所であり自分は何も間違ったことをしていないのに、何故ルールを破った奴に転ばされて笑われなければならないのか。
私の怒りに反応したソレは強く、固く、形を変えて握り拳を高く掲げた様相で反り立った。
「うわあああああああ!!!」
ソレに恐怖した子の叫び声を聴いて先生が駆け寄ってくる。
「見ちゃダメ!夕希ちゃん、それ隠して!!」
先生はほとんど怒鳴りつけるみたいに私に言った。
私はソレをかくまうように膝を抱えて、園庭の中心で泣いた。
「なおって。おねがい。もどって」 
何度も何度もソレに声をかけた。
朝美は私が落ち着きを取り戻すまでずっと抱きしめてくれた。
後日例の子はソレを見たショックで別の園に移り、私の噂も一気に広まってしまった。
母親が菓子折りを持って幼稚園に謝りに行った帰り、私のことを抱きしめて言った。
「こんな体に産んでごめんね」

それ以来私はなるべく心が動かないように人との関わりを絶ったのだった。

「ここだけ雨が降ってんな」
ぼやけた視界がまばたきでクリアになった瞬間、眉毛をハの字にした蛾次郎くんと目が合った。
ボート屋に朝美を待つ内にいつの間にか泣いてしまっていたらしい。
恥ずかしい。
そう思った瞬間、私はソレが今にも固くなってしまうのではないかという恐怖にしゃがみこんでしまった。
「だ、大丈夫か?病院いくか?」
「平気だから、放っといたら治るから、ちょっと離れてあっち向いてて」
「そうか・・・・・・。じゃあ、このまま少し話してもいいか?」
蛾次郎くんは私に背を向けてぽつぽつと語り始めた。

「バカみてぇにポジティブなのが取り柄の俺でも、諦めた夢が一つだけあるんだ」





続く




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