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あたしのソレがごめんね⑦

第七章 -新しい道-

あたしが蛾次郎に飛びかかった日から蛾次郎はボート屋に来なくなり、夕希は今まで以上に感情を表に出さないようになった。
周りにあたししかいない時でさえ前みたいに笑ったりむくれたり呆れたりしない。
「そうなんだ」「知らなかった」「よかったね」
どんな話題にも当てはまりそうな相づちをプログラミングされたみたいに返してくる。
いまどき人工知能だってもっと人間味のある返事をすると思う。

でも、あたしにそんなことを言う資格はない。
夕希をこうしちゃったのはあたしだから。
 あたしが蛾次郎に飛びかからなければ。
 あたしがボート屋で働こうなんて言わなければ。
 あたしが片腕で生まれて来なければ。
 あたしの右腕が夕希についてなければ。

自分を責めるのは間違ってるかもしれない。
でもこの問題の正解なんてわからなかった。
夕希のなかで出した答えが”感情を殺すこと”だっただけ。
ならばあたしも最適解を探していかなくちゃいけない。
「早稲田、この後ちょっと付き合ってくんない?」
「悪いなヤンキー。お前みたいなのはタイプじゃないんだ」
「バカ。真面目な話なの。力、貸してよ」
「お、おう」

ボート屋が休みの日の放課後、あたしと早稲田は学校近くの喫茶店で落ち合った。
「で、なんだよ話って」
「大事な親友を傷つけちゃったの。もともとあたしのせいでその子のこと傷つけてばっかりだったんだけど、この前ちょっと色々あって、それで……」
「妹のことだろ、根暗の」
「は?ちょ、根暗とかやめてくんない?」
「お前ら見てたらわかるよ。妹のコンプレックスは朝美、お前だ」
「何言ってんの。夕希の方が美少女であたしなんかよりずっと」
「そういうとこだろ。いつだって妹のこと立てて、「自分なんかより妹の方が~」ってヘラヘラ媚びへつらって」
「そんなことない……」
「この前片腕なんて関係ないって言ったけどな、世間はそうじゃない。お前が一番わかってるだろ」
「……」
「自分にずっと気ぃ遣ってくる障害者の双子の姉が居たんじゃ、人生ハードモードだろうな。ただでさえ顔が良くて女子から妬まれやすいってのに。同情するよ、妹に」
何も言い返せなかった。
早稲田の言うことは全て正しかった。
幼い頃から夕希は周りから冷ややかな目で見られていた。あたしは夕希が傷つかないように側にいて、そんなことないよって言って支えているつもりだった。でもそれも夕希にとってはきっと重荷だった。あたしのせいで夕希が苦しいのを、あたしの力で何とかしようとして、今もこうして自分にできることを探してる。
「そうしてるのが夕希にとっては楽なんだろ」
早稲田の言葉が頭の中でこだましてカラカラになった口の中を潤そうとも思えなかった。
こいつに何がわかるだろう。あたしの苦悩、あたしの喜び、あたしの生きる意味。

「お前さぁ、本当は頭良いだろ」
「え?」
「妹の方がしっかりして見えるようにバカを演じてるだろ」
驚いて声もでなかった。図星だった。
バカで能天気なお節介焼きを演じてきた。
夕希への風当たりを少なくするための苦肉の策だった。
「お前がなんでそこまで妹に構うのかわかんないけどさ、変に気ぃ遣われんのはお前も嫌いだろ」
そうだ。あたしは片腕だからって何かを妥協されたりするのが大嫌いだ。何が出来て何が出来ないかは、自分で挑戦してから決めたい。だから端から自分にだけ特別なステージを用意されるのがとても腹立たしい。
でもあたしは夕希に対してずっと同じことをやってきたんだ。
あたしにお膳立てされた人生をあの子はどう感じながら生きていたんだろう。

テーブルの木目を線として認識できなくなるほど強く見つめながら、一つのことだけを考えていた。
あたしはこれからどうすればいい?
夕希のことを第一に考えて生きてきた毎日が夕希にとって重荷になっていたなら、あたしはあたしのことだけを考えて生きていかなければならない。
夕希なしの人生。
そんなこと考えてもみなかった。

「あ、あたしは、あたしの人生を生きる」
うわごとのようにつぶやく。
「そ」
「あたしは、あたしのためだけに、あたしの人生を生きる」
今度は自分に言い聞かせるみたいに、あるいは誰かに対しての誓いみたいに、少し力を込めて言う。
「良いんじゃん?」
ズゴゴー、と、すでに飲み干したアイスティーの残りを吸いながら早稲田はこう続けた。
「俺ら以外の人たちって、生きるのにそんな気張ってないみたいよ?この世になんとなく生まれてなんとなく死んでく奴だって腐るほど居るし」
「俺ら、ってあんたも?」
早稲田はストロー噛みながら言った。
「俺はまぁ、アレだから。気にすんな」

早稲田と別れた後、真っ直ぐ家に帰った。
勉強をしたいと思った。
ずっと夕希に遠慮して中途半端にしてきたことを、もう一度自分の尺度で試してみたかった。
自分の人生が始まる。
ひどく緊張して、少しワクワクした。








続く




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