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[詩] ペルピニャン発

ひとつの車輛のなかで
いくつかの言語の息がささやきあう
ねむたげな
真昼

長距離列車がようやく
速度をあげはじめ
乗客の胸のうちの
重い火種がほどかれ
空は
夏を吐く

ひまわりの油に濡れた車窓
馬の腹のかたちに流れる地平は
さまざまな肌の色をした
マリアとマリアと、マリアたちの
笑い声と
花の匂いをまぶされ
黒い歌声のように熟れる

さきに列車を降りたひとは
さきかけの
白い
カメリアの気配

まどろみの淵に届いた
よい旅を、という
スペイン語のささやき

水差しに溜まる国境の影は
赤く
シガレット
チョコレート
を頬ばり

南、と
発音すれば
焦げる
八月の
風のなかの








初出:詩誌「交野が原」91号