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多機能トイレはなぜ広いのか 設計の意図を読み解く

ネットで「多機能」を調べてみると、「多機能プリンター」「多機能時計」などが出てきます。プリンターでいえばコピーやスキャン機能が備わっていることだし、時計でいえば、高度、気圧、温度、標高などを測定できる機能が付加されています。

では、多機能トイレはどうでしょうか?

国土交通省から発行された「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準(平成28年度版)」には、設計の考え方に「多機能便房」という言葉が出てきます。

多機能の前に「便房ってなに?」という疑問がわきますよね。日常的には、ほとんど使わない言葉だと思います。便房というのはトイレの個室(1部屋)のことです。便をする小さな部屋(房)ということで、便房になったのだと思います。

この設計標準には、多機能便房のことを「車いす使用者用便房にオストメイト用設備や大型ベッド、乳幼児用いす、乳幼児用おむつ交換台等を付加」というふうに紹介されています。

大型商業施設や駅・空港などで一度は見たことがあると思いますが、車いす使用者が利用できるゆったりとしたスペースの個室に、いろいろな機能が備わっているタイプのトイレのことです。「便房」というと分かりにくいので、ここでは一般的な「トイレ」と呼びます。

多機能トイレは、以下の写真のような感じです。

なんとなくイメージできましたでしょうか?


多機能トイレはどのように作られている?

多機能トイレを使ったことがない人も多いと思いますので、簡単に特徴を説明します。

もともとは車いす使用者が使えるトイレであることが出発点になっているので、トイレの広さとしては、最低限、車いすで動作ができるスペースが必要です。

車いすで動作ができるスペースというのも、しっかりとした基準が定められています。車いすが通過できる幅は80㎝(通行しやすいのは90㎝)で、回転するのに必要な円の直径は150㎝(回転しやすいのは180㎝)です。

なぜこの数値になっているかというと、車いすは、JIS規格(日本工業規格)において、種類、性能、構造、寸法、形状、外観、試験方法などが標準化されているからです。

例えば、寸法は下図のようになります。

手動車いすを正面から見た時の幅が70cm以下です。この数値が基本となって、多機能トイレの入口の幅は80cm以上と決まっているのです。この幅については、電動車いすも同様です。

回転するために必要な大きさも同様にJIS規格で定められていて、手動車いすの場合は直径150cm、電動車いすの場合は140cmとなっています。だから多機能トイレでも、最低150cmという基準になっているんですね。

これらの寸法を踏まえて考えると、幅が2mの個室だったとしても、壁には洗面台や手すりが設置されていますので、車いすの方にとってはかなりタイトだということが分かりますよね。

例えば乳幼児用おむつ交換台が引き出されたままになっていると、車いすで便座に近づくことができないこともあります。要注意ですね!


洗浄ボタンやペーパーホルダーの位置にも基準がある!

また、「洗浄ボタン」「ペーパーホルダー」「呼び出しボタン」の位置には決まりがあることを知っていましたか?

視覚障害者にとって、ボタンの位置が決まっていることはとても重要です。「洗浄ボタン」と「呼び出しボタン」の位置が施設によってバラバラだと、トイレに行くたびにロシアンルーレットのようにドキドキしながら、ボタンを押すことになります。

そんなの嫌ですよね。

ボタンが分かりにくいという悩みは、高齢者や外国人にも共通します。

そんな状況を改善するためボタンの配置にルールがあるのです。それが下図です。

まず、トイレットペーパーホルダーを壁に設置する位置を決めます。一番大きく、しかも壁から突き出ていて分かりやすいので、トイレットペーパーホルダーが基点になります。

つづいて、ペーパーホルダーの上部に洗浄ボタンを配置します。この位置にあると便器と向き合った状態からでも操作しやすく、手の不自由な人がペーパーホルダーを支えにしながら流すボタンを押すことができる、というのが理由です。

便器から向き合った状態というのは、車いす使用者の中でもカテーテルをつけている人やオストメイトなど便座に乗り移らずに使用する場合や介助者がボタンを押す場合を想定しています。

呼出しボタンは、便器に座っていて具合が悪くなった時に押せるよう、洗浄ボタンから便器に近い方向にスライドした位置に配置されます。さらに、利用者が床に倒れてしまった場合でも押せるように、床から30㎝程度の位置にも設置することが望ましいとも明記されています。

同様の理由で、ボタン式ではなく、ひも付きで引っ張れるようになっているタイプもあります。

この配置等に関しては、日本発のアイデアとして国際標準化機構(ISO)の規格にも承認されています。このあたりのきめ細やかさは、日本っぽくていいですね。

多機能トイレには、今回解説した車いす使用者向けの設備だけでなく、オストメイト用設備やおむつ交換台など、さまざまな機能が備わっています。設置面積に制約の多い日本だからこそ、限られたスペースにいろいろな機能を組み込むことで、オールインワンのトイレが出来上がったのです。

このオールインワン型の多機能トイレがたくさんできればいいのですが、なかなかそうはいきません。車いす使用者用トイレに、オストメイト用設備や大型ベッド、乳幼児用いす、乳幼児用おむつ交換台等を備えると、220㎝×300㎝ぐらい必要になってしまいます。

そして実は最近、オールインワンを追求したがゆえの新たな課題が浮き上がってきました。次回は、多機能トイレから機能分散への方向転換について説明します。


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