見出し画像

なぜ、ロンドンの公衆トイレは閉鎖されるのか

2019年5月24日、BBC NEWSJAPANに、公衆トイレの便器数について触れている記事がありました。その内容によるとイギリスの王立公衆衛生協会は、公衆トイレの便器数に関して、男女比1:2が適切という報告書を発表しました。
女性のトイレの待ち時間は、男性に比べて長いことから、何とかすべき!という提案ですね。

ごもっともです。便器数は大きな課題です。
以前に「オフィスの便器の数はどう決めるのか?」で書いたとおり、便器の必要数は占用時間(便器を使用している時間)を考慮すべきです。占用時間から考えると、かなり乱暴ではありますが、日本での便器数の男女比は1:3が適切となります。
これからトイレを設計する際は、そのあたりをしっかり考慮する必要がありますね。

さて本題ですが、今回、私が最も気になったのはBBC NEWSJAPANの同記事の次の内容です。
https://www.bbc.com/japanese/48392849

「イギリスでは自治体が管理している何百件もの公衆トイレが閉鎖されており、同協会はこれによって病人や身体障害者が外出しにくくなる状況があると指摘した。BBCが独自に調査したイギリス全土の公衆トイレ地図によると、主要自治体が運営する公衆トイレは2010年には5159カ所あったが、2018年には4486件に減少した。また、37の自治体で公衆トイレを全く設置していないことが分かった。」

なぜこれが気になったかというと、2005年にロンドン大学の協力を得て、ロンドンにおける公衆トイレの現地調査を実施したことがあったからです。

かつて、イギリスでは公衆トイレが目に付きやすい場所にあることを好まなかったそうで、トイレは地下に設置されていました。
そんな中、1995年に障害者差別禁止法が施行されます。さらに、2004年には建築規則により、BS(British Standard)規格8300が設けられ、建物におけるアクセス障壁を取り除くことが義務付けられました。もちろんトイレの規格もあり、それに準拠した新設トイレは、空間面・設備面ともに充実したものになりました。
ですが、もとからあるトイレはBS規格を準拠する義務がありませんし、地下公衆トイレに基準を適用しようとすると、かなりの費用がかかることから改善がすすまない状況でした。
「じゃあ、しょうがないからこのままでいいよね」となるわけがありません。
そりゃそうですよね…
どうなるのかというと、車イスでアクセスできないトイレは、障害者差別禁止法により訴えられてしまうのです。

そこで、驚くべき対応がなされます。

なんと、地方自治体は車イスでアクセスできない地下公衆トイレを閉鎖しはじめたのです。

イギリスには約1万の公衆トイレがあると言われているのですが、1995年から10年間で約40%が閉鎖し、減少し続けているとのことでした。
これが2005年です。
前述のBBCの記事では、2018年4486件でしたので、約23年の間に半分以下になったということです。
これはメチャクチャ深刻なことだと思います。

BBCの記事に「トイレ不足によって「尿意を我慢」したり路上で用を足す人がおり、これは不衛生で、病気や汚染の原因になる行為だと指摘した。」とありましたが、私がヒアリングしたときもすでに同じ問題を抱えていました。
イギリスと言えば、PUBの文化です。夜は楽しくビールを飲むことが日常的にあるのですが、トイレがないため街のいたるところで立小便する人が多くいたのです。

その対策として、開発されたのがリフト式トイレです。
男性小便専用のトイレで日中は地下に埋まっており、夜間だけにリフトアップして地上に姿を現します。通常の公衆トイレは夜間は閉じられてしまうため、立小便防止対策として設置されたのです。ですが、リフト式トイレの維持管理費は年間100万円もかかるため、このようなトイレは稀で、一般的には夜間用として仮設タイプの簡易小便器を設置することが多いようです。

この仮設トイレは、マズイですよね…

今回紹介した写真は、2004-2005年の調査時のものです。
これから改善されていることを期待したいのですが、BBCの記事からして、なかなか厳しい状況ですよね。このような状態で2012年にはロンドンでオリンピック・パラリンピックが開催されたわけですが、一体どうやってトイレ対応したのでしょうかね。
機会があれば、もう一度ロンドンに行って、聞いてみたいところです。

公衆トイレの整備、改善、維持には、かなりの費用がかかりますが、安心して外出できる街づくりや多様性社会には欠かせない要素だと思います。王立公衆衛生協会が言うように公衆トイレは「街灯や道路、ごみの収集と同じように必要不可欠な公共サービスとして考えるべき」ですし、もっと言えば、街の魅力をはかる指標です。豊島区の高野区長は「トイレは街の品位」と仰っていました。
来年は、日本でオリンピック・パラリンピックが開催されます。

オリンピック・パラリンピックの成功はもちろんのこと、日本の魅力を世界に発信するには、それを支えるトイレサービスを充実させることが必要です。時間的余裕はありませんが、やれることはまだまだあります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?