変化する当たり前

免許の更新はがきが届いた。ああ、もうそんな時期か、と思う。

有効期間は五年だった。五年前、長男は一歳になりたてで、次男は妊娠がわかる直前。都内から今の家に越してきたばかりで、警察署での講義を受けるため、夫に長男を見ていてもらっての更新だった。

あのとき、まだ赤ちゃんのようだった長男は、明日で六歳になる。そして、来月からは小学生だ。

あのとき、まだおなかに宿ったことすら気づかれていなかった次男は、春から年中になる。当たり前のように成長しているけれど、ものすごい変化だな、とあらためて思う。

存在しなかった人が、その日を境に「いて当たり前」の存在になる。人が生まれることは、どこか不思議なものだなと感じる。


長男は、震災から一年後の翌日に生まれた。病室には一日前に生まれた赤ちゃんがいて、母親は、名前に「笑」をつけたのだと教えてくれた。悲しいことがたくさんあった日だからこそ、「笑」を振りまける子になるようにとの思いを込めたのだと。

テレビで報道されていた「あの日から一年後」という特集に、「あの日、この子らはまだおなかにすらいなかったんやもんね」と話したことを憶えている。(わたしは大阪で里帰り出産をした)


わたしの友達に、長男と同級生で四月生まれの子の母親がいる。彼女は当時都内に住んでいて、臨月だった。原発事故後、口に入れるものが安全なのかどうか素人では何もわからない中、水が手に入らなくて不安だったそうだ。

「そのとき、若菜ちゃんは妊婦ですらなかったんだもんね」

何度か、そう話したことがある。長男の学年の子たちは、おなかにいたか、おなかにすらいなかったかで、誰もあの日にはまだ生まれていなかった。


免許の更新の五年や、震災から七年という月日を想う。

子どもの頃体感した「阪神淡路大震災から七年」は、とても長くて、かなり昔のことを話しているのだなあと感じていた。けれど、東日本大震災では、そんなに前のことだと、まだあまり思えない自分がいる。

時間の流れが、子どもの頃と変わっているからかもしれないけれど。


今を生きていくために、わたしも周りも、目まぐるしく変化していく。成長のためにも、変わることは必要なことで、当たり前のことだ。

あんなにも稼働台数が減っていたエスカレーターやエレベーターは、いつしかふつうに稼働するようになった。街の灯も元通りになって、お手洗いのハンドドライヤーも、前のように使えるようになった。

こうして、きっとあの日から遠ざかっていくのだろうな、と思う。


突然生まれた赤子が当たり前の存在になるように、元に戻るという変化も、いつしか当たり前になる。つらいことを抱えておかねばならないわけではないし、当たり前が当たり前に過ごせることは、大切なことだとも思う。

けれど、「熱いものは喉元を通ると何とやら」にならないようにしたい。

さまざまなことを経て今があることに、時に自覚的になりたい。震災が起こった日と長男の誕生日がやってくるこの時期になると、毎年そんなことを思っている。



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卯岡若菜

宛先のない手紙 vol.2

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