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行方不明になりつづけるリップクリームと、そもそも持ち合わせていなかった女子力

日傘を差して通学する女子高生だった。

今の女子高生がどうかは知らないけれど、当時のわたしの周りには日傘を使っている子はいなくて、優雅だのお嬢だのマダムだのといわれていた。お嬢とマダム、今思うと両極端すぎる例えだな。

ただ、わたしは優雅だのお嬢だのマダムだのといった呼称はまったく似合わないスタイルで通学していた。なんせ、ミニサイズのキャリーバッグで通学していたのだから。

単純に「荷物が重いし、肩こり症だから」という理由でそのカバンを選んだわたしを止めなかった母を、今思うとすごいなと思う。どう見ても浮くじゃん。そして、実際にかなり浮いていた。8クラスある学年で、全然知らない人から「あー、あのキャリーバッグの人?」といわれたことがあるくらいには。

そして、女子高生時代のわたしは、本当によくリップクリームをなくした。化粧が校則違反の進学校で、わたしは素直にスッピンだった。そのため、ポーチを持ち歩く習慣は生理用品でしか持ち合わせず、結果リップクリームは制服の胸ポケットにぞんざいに入れられていたのだ。

気づけば落とし、気づけば家に忘れ、気づけば休日に出かける際のカバンに入れ替えたままにしていた。そして、肝心のときにないのだ、こういうものは。

女子力、という言葉はまだ当時はなかったんだっけ。記憶が定かではないのだけれど、見るからにゴリゴリの女子タイプの子たちは、たいがい色やら香りやらが付いたリップクリームを使っていて(そして携帯していて)、それはもう、モテる勝ち組みたいに見えた。

ノー天気かつ三枚目立ち位置だったわたしは、モテヒエラルキーにもまったく卑屈になることはなく、我が道を貫いていた。モテたければ、そもそもキャリーバッグを通学カバンには選ばないだろう。留学生に「traveler」だと目を丸くされることなんてなかっただろう。

日傘は「帽子は鬱陶しいけれど、日焼けしたくない」のが理由で、リップクリームには「特段こだわりがなかった」。(冬は乾燥し気味だったから、こだわれよと当時のわたしに思う)

そしてカバンは「利便性をとにかく重視した」だけ。人からどう思われるのかを気にしがちな面がある割に、身につけるものへの気にしなささは、これいかに。


ただ、そうしてレッツゴーマイロード的な物事の選び方をしてきたのは、結果としてわたしにとってよかったのだろうとも思う。こと生き方に関しては、マジョリティマイノリティを問わずどんどん無頓着になった。唯一親からはなかなか自由になりきれなかったけれど、それも最後には反対を押し切って選ぶ、というところに行きつけた気がする。

今でも日傘を使う。雨が降ったときのために晴雨両用のものを選ぶのも昔からだ。ただし、リップクリームはなくさなくなった。化粧ポーチって便利なものですね。


【今回のお題】「リップクリーム」「日傘」

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