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たった5年、されど5年

先日、次男が5歳になった。生まれてから5年経ったという事実にぞっとする。

この5年はあまりにも早かった。突風のように過ぎ去った5年の間に、わたしは彼に母の役目を果たせていただろうか、と思う。


次男が生まれて半年後に、わたしは子連れでポスティングを始めた。長男がベビーカーで、次男が抱っこ紐。毎週1、2日ちらしを配って、およそ5,000円。その後エリアが増えて1万円ほどになったけれど、微々たる額だ。

夏は暑いし、冬は寒い。それでも、その数千円から1万円がそのときのわたしには必要だった。


次男が1歳になった段階で始めたのは夕刊配達だ。何も配ることが好きなわけではなく、単に事業所内に託児所がついていたから働き始めただけだった。

週に6日。雨も雪も関係ない。原付がすっ転んだこともあったし、飛び出してきた猫が車体に突っ込んであわや事故になりかけたこともあった。夏はとにかく暑い。夕刊を配る時間帯は1番暑い13〜16時だったから。

1日あたり数時間とはいえ、1歳になりたての次男を週に6日預けることに、はじめは胃がきりきり痛んだ。数ヶ月後に3歳になる長男とセットで預けたけれど、別れ際に泣く次男。それでも、入園を迎える長男の幼稚園代を工面するため、働かなければならなかった。


次男が3歳を迎える直前、夫が転職する。春から月に7万円近くが幼稚園に飛んでいくタイミングでの、収入が下がる転職。この数ヶ月前から、わたしはやはり足りない家計のために、夕刊配達と掛け持つ形で、午前中は仕出し弁当の配達をしていた。次男は朝も昼もそれぞれの事業所内託児所に預けられていた。

今の仕事を始めたのは、夫の転職がきっかけだ。(いつ潰れるかしれない)仕出し弁当屋と、部数制のため毎月給料が下がっていく新聞社。やりたいわけでもない仕事で割りに合わない給料をもらい、家計を助け続けることに疑問を抱いた。だって、夫はやりたい仕事に飛び込んだのだ。わたしも、と思った。

結果として、今のわたしは(元から少なかったにしろ)当時の収入をはるかに超え、興味深い仕事に携われるようになった。

次男が生まれてからの5年はわたしの「働く」が変動する5年で、専業主婦だった実母がしてくれたことと比較してしまう5年だった。

毎日午前中に公園に連れて行っていた長男と比べ、次男に申し訳ないと思ったことも何度もある。お金がないと生きていけないのだから、わたしの仕事は間接的に子どものためでもあるのだけれど、直接的な子育てが激減していることはどうしたって事実だ。

リビングで排尿排便を頻発したり、服を切り刻んでみたり。最近も問題行動が見られた。そのたびに、自分の責任を問いかけては胃をキリキリさせている。親の子育てが子のすべてを決めるわけではないと、わかっていても。


わたしは相変わらずふらふらしてばかりで、それでも食らいつこうとしている。せめてわたしができることをと思いながら、一緒に出かけたり体験したりする機会を息子たちに設ける。わたしが与えてもらってきたものの何分の一になるのかわからないけれど、今やれる精一杯をやれていたらいい。立ち止まったっていいと言ったって、子育てはノンストップなのだ。


とりあえず、何かと暴走しがちな彼を死なさず5年間生かせた。未熟な母親ではあるけれど、その背に何かを見ていてくれたらいい。

たった5年、されど5年。子育ては、まだまだ続く。

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