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その高貴な色のシャンプーは


こっぴどい振られ方をした。思い出したくもないから、言葉にはしない。追いすがれるほど感情に身をゆだねることはできなかった。そんな女なんです。最後の最後まで物分かりのいい振りをしてしまって後悔するいつものパターン。後悔はしない。していない。しないんだよ。

まあ、そんな後悔をしてもしなくても、関係なく日々の生活は回る。残酷なほどに。トイレットペーパーはなくなるし、シャンプーはいつもトリートメントと別のタイミングでなくなる。ああもう。今はすべてにむしゃくしゃする。

仕方がないから、駅の近くにあるドラッグストアに立ち寄った。ついでだからと言い訳をしながら、缶チューハイとビーフジャーキーも入れる。そうして、ヘアケア用品売り場へと足を向けた。

棚にずらりと並ぶシャンプーやトリートメントは、いつもどれが何にいいのか違いがイマイチわからない。結局めんどうくさくなって、いつも同じ銘柄を買ってしまうのだ、わたしは。

だけど、今日は違った。いつものシャンプーがなくて、そのかわりに別のシャンプーが陳列されていたのだ。

ラメ加工がされているボトルは、揺らめくような藤色の光を放っている。手に取ると、光が流れるように色合いが変化したように見えた。値段は1,400円。まあ、高すぎず安すぎずかな。

商品名はわからなかった。というより、ボトルのどこにも記載がなかったのだ。それなのに、わたしはどうしてもそのシャンプーを買わなければならないような気持ちになっていた。それは、小さく添えられていたポップに「すべてを洗い流したいひとに」と書かれていたからかもしれない。

帰宅後のシャワータイムで、さっそくシャンプーを手に取ってみた。嘘のような紫色をしたシャンプーが手のひらに出てきて、「うわ」と声が出た。髪染めを間違えて買ってしまったのかと思うほどのどろりとした紫色。だけど香りはさわやかだ。

泡立ちもよかった。……ただ、泡も紫色で見た目が強烈だったけれど。

シャワーで洗い流す。ああ、なんだかさっぱりしたような気がする。

何も考えたくないな。今日は缶チューハイを飲んで、泥のように眠るんだ。

次の日も、その次の日も。わたしは紫色のシャンプーを使い続けた。なんだか、どんどん頭が軽くなっていく気がする。


わたし、きのう何をしていたんだっけ。きょう、何をしようとしていたんだっけ。



しゃんぷーは、ぜんぜんへらない。

しゃんぷーをして、ねて、おきて、しごとにいく。

なんだかはっぴーかもしれない。だけど、なぜかたりないかんじがするのは、なぜだろう?



…………。


そのシャンプーは、「頭の中のすべてを洗い流せる」シャンプーだった。考えたり感じたりさえしなければ、きっともっとハッピーになれる。そう考えて作ったぼくは、神か悪魔か。神かな。髪だけに。……なんて、ね。

でも、どうやらモニターは失敗かもしれない。だって、あの子、何だか目がうつろなんだ。ぼくの狙いどおりだと、すべてを忘れて幸せになれるはずだったのにな。

うーん、どうやらまだまだぼくには顧客の理解度が足りていないらしい。ザンネンだけど、このシャンプーは失敗作だな。


【今回のお題】シャンプー・紫

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