当てになる直感と彼の目

昔のバイト先に、おだやかで素敵な男性スタッフさんがいた。学生バイトにも人気が高くて、仕事もできる人だったのだけれど、唯一「残念だ」と話にのぼるのが、「人を見る目がない」ということだった。

バイトを雇うときに面接をするのが、マネージャーの女性か、この男性スタッフさんだったのだけれど、マネージャーが採用したバイトは総じて仕事ができたことに対し、彼が採用した人は、仕事面でも人間面でも首を傾げざるを得ない人が大半で、「なんでだ……」とバイト仲間内でネタになるぐらいだった。(本人もネタにしていた)

付き合う人も、話を聞く限り、みんなで「だから、なんで毎回妙な人と付き合うの? ねえなんで?」と言い合うような一風変わった人ばかり。彼は外見も良かったので、「もったいない……!」とバイト女子内で悲鳴があがることも多かった。


わたしの人を見る目はどうなのだろう。何で判断しているのか、とあらためて思ってみても、「直感」という答えしか出てこなかった。

たとえば、noteやTwitterのような文面上でさえも、“その人らしさ”は滲み出るものだと思う。いくら取り繕ったって、ボロは出るものだ。

「何となく」という直感で、わたしはその人がどんな人なのか判断しているように思う。そうして、自分のその勘を信じ込んでいるようにも思う。その勘が当たってきたからこそなのだけれど。

……よほど役者ぶりがうまい人ならばボロを出さないかもしれないから、下手をすると騙される危険性もあるといえる。


ただ、実際に、この一年多くの人に会ってきたけれど、Twitter上で「たぶん合う人だろうなあ」と思っていた人は、会ってみると予想通り合うことが多いと感じている。第一印象が良かった人は、やっぱりそのまま好印象のままであることも多い。(余談だけれど、わたしは中学時代から、その後恋愛感情を抱いた相手の初対面のときの記憶がはっきりある、という共通点がある。そのときに一目惚れなんかしていないのに)


自分自身に見る目がどの程度あるのかはわからないけれど、「好きな感じだ」「仲良くなりたい感じだ」と思った自分の直感を、リアルでもネットでも、わたしは勝手に信用している。

逆に、「ん?」という違和感も。大した理由がなくとも違和感を抱いた相手とは、その後「あー、やっぱり合わないなあ」と感じる出来事があったり、トラブルになることがあったりしたからだ。(目に見えたトラブルではなく、おそらく無意識の言動で、結果わたしが傷つけられただけのものもある)


こうしたある種のトライ&エラーを繰り返した結果、人を見る目は養われるのかな。それにしても、例の男性スタッフさんの目には、人がどのように映っていたのだろうなあ。(どんな人がいたのか、を語りたいほどに「そんな人引く?」という人ばかりが採用されていた)


#エッセイ #コラム #ブログ #日記 #わたしのこと #人間観察

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卯岡若菜

宛先のない手紙

真っ白な手紙を誰に届けよう ありったけの想い込めて 言葉綴った、 「宛先のない手紙」 短文、詩、つぶやきのようなもの。 気が向いたときにさくっとお読み頂ければ、うれしいです。
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