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【怪談手帖】網引福神【禍話】

大黒様、弁天様、恵比寿様———
所謂『七福神』にまつわる曰くつきの話というのは長く民間に親しまれた事もあってか枚挙に暇がないが、僕の知る話はリサイクルショップを経営するAさんが故郷で見たという絵の話だ。

「全員はおらんねぇ。二人だけやね、描かれとったのは」
お酒を飲みながらAさんはその絵について、のったりとした調子で説明してくれた。

「松とかがこう…サラサラって描いてあるような、簡単な浜辺で、恵比寿様が裾を捲ってでっかい網引いててな。
 その側でツルッとして肥えとる…布袋様か、あれがガーッと大口を開けとってな、何か飲み込もうとしてるみたいな。
 どっちとも顔は笑ったまんまなんやけど、網で引いてる肝心の魚が描かれてないんよね。そこがヘンテコやったねぇ」

絵は神社に奉納される絵馬のような木製の板に描かれてあったが、一般の絵馬よりもだいぶ大きかった。
使われてる画材や質感からしてもさして古いものでもなく、お世辞にもあまり上手いとは言えない大雑把なタッチであって、プロの仕事というよりは素人が適当に描いたように感じたという。

「て言ってもなぁ、下手は下手なんやけど、ぐわーッと強い線でな、色もやたらどぎつくて。
 やけぇ一回見たら忘れられん。妙な迫力のある絵やったわ」

この奇妙な二福神の絵はAさんの故郷の普段ほとんど人通りのない行き止まりの裏道にある祠の中に納められていたという。
古い祠ですか、と僕が問うとAさんは首を振って、ピカピカの新しいものだと答えた。

「その辺の古い言い伝えとかそういうのもなかった。近所の商店街が金を出し合って何年か前に建てたとか、そういう話やった。
 でもなぁ…なんか管理も適当でなぁ。だいたい人が碌に通らん道に祠建てるのも変やし。
 一応商売繁盛とかなんとか書いてあったけど、それが紙にマジックで書いて戸の横に貼ってあるんや。そんなもん普通紙に書かんやろ、しかもマジックやで。
 水とかお供物も全然代えてなかったみたいやし、めっちゃ適当よ、適当」

しかし当時子供だったAさんはそんな適当な祠のところで、しばしば妙なものを見たと言う。

人が何人か祠の前に並んでいるのだ。
スーツ姿の男性であったり、着物を着たお婆さんや、子供や坊主頭の学生であったり、見かけるたびにその内訳はまちまちだったそうだが、いずれも両手をだらりと下げて祠を拝むでもなく、ジッと黙ったまま道に背を向けて祠の方に項垂れている。

「まぁ…普通やないよなぁ。やけぇ却って人に言いにくくてな、見かけても親父にもお袋にも言えんかった。でも…」
Aさんはどうしても気になって、一度だけ祠の側から回り込んで見た事があるという。

「みんな…顔がな、なんか、ひと所に目と鼻と口がギューって集めたみたいな…それが鼻先に伸びとるみたいな…。上手い事言えんな…。
 あー、あれや、あんたも知っとるやろ、トムとジェリー。猫と鼠の。あの猫が時々ギューっと顔掴んで引っ張られるやん、放したらバチーンって。勿論漫画やけそういうのもおかしいんやけど、ちょうどあんなんになっとったんよ、並んでる人が。
 ギューっと伸びた顔がみんな祠の方に寄って行っとって…、なんというか、中から…、祠の中から誰かの手に引っ張られとるみたいな…」


中に納められていたという、何かを捕らえるように網を引き、或いは大口を開けた二柱の神の絵。

僕はそれを思わず想起した。Aさんもそれを予想していたのだろう。

「そやろ、そしたら恵比寿さんと布袋さんのやる事、やっぱり想像するやろ?」とAさんは頷いた。
「俺もそうやった。これ…絵に引っ張られとるんやないかと…。
 魚が描かれてなかったのは、そういう事なんやないかと…。ちょうど…それを考えていたときにな、」

並んでいたうちの一人。
スーツの男性が、見ている前で祠に飲まれたのだという。
Aさんはそれを、太い一本のうどんが口に啜り込まれているようだったと証言した。

「ズゾゾゾッ!ってな…こう…勢いよく、のたくって…引っ張られとった顔から足の先までいっぺんに祠の中にズッ、って…、消えたんよ…。
 それで、うわあ…これだめや、って思ってその時やっと見とるもんのおかしさをはっきり感じてな…。まあその人ら…並んどった人らは…、生きとる人ではなかったやろうけど…」

逃げだしたAさんは結局長い間その道へは近付かなかった。しかし後に色々調べたところによれば、元々その絵は昔商店街にあったとある飲食店に飾られていたものだという。
絵そのものの出自はそれを持ち込んだ店主が話さなかったので不明だったそうだが、店はちょうど絵を飾り出したあたりから急激に繁盛し、多くの人で賑わうようになった。
ところが繁盛の最中、ある日の開店前に居眠り運転らしきトラックが店の正面から突っ込んだ。
運転手のみならず中で仕込みをしていた店主も亡くなる惨事となって、そのまま店を閉める事となってしまったらしい。

「でな。その死んだ店主が、なんでか知らんけど自分で店を撮った写真をまとめて、鍵かけた金庫の中に仕舞い込んどってな」

事件の後。
壊れた金庫から出てきたそれらの写真には、店の主人や客の他に店の方へ項垂れた様子で並ぶ見知らぬ人々の後ろ姿が写り込んでいた。
そして店にあった絵は寺社などへ納めようとしたものの全てに断られたらしく、近隣の人気のない道に祠を建ててそこに納めていたのだという。

「あの祠もな…建ててから何回も車に突っ込まれたり燃やされたりしとったらしい」

それでも絵だけは決まって毎回無事だった。祠はその度に建て替えられた。だからAさんが何年かおきに帰省する度に新しくなっていたようだ。

「今もあるよ。まだ引いちゃあ食っとるんやろうなぁ…。あの絵が」


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内の (シン・禍話 第五十五夜) 余寒の怪談手帖『網引福神あみひきふくじん』(49:08~)を再構成し、文章化したものです。
※書籍版では『網曳福神』

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(この記事のお話は、「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」に収録されています)

ヘッダー画像はイメージです。下記のサイトよりお借りいたしました。
Pixabay

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